「ふじのくに」を潤す農業用水、米と野菜と電力も作るエネルギー列島2014年版(22)静岡

太平洋沿岸地域の日射量が豊富な静岡県では太陽光発電が拡大するのと並行して、広い平野を流れる農業用水路を利用した小水力発電の取り組みが活発になってきた。用水路に設けた「落差工」の水流を生かした発電方法で、農作物の栽培に影響を与えずに電力を作り出す。

» 2014年09月09日 09時00分 公開
[石田雅也スマートジャパン]

 静岡県の中央を縦断する大井川を水源にして、国営の「大井川用水」が山間部から太平洋沿岸の平野部を流れている。9つの市と町を含む7450万平方メートルの農地に水を供給する全国でも有数の農業用水路だ。この大規模な用水路を利用した小水力発電プロジェクトが流域の各地に広がってきた。

 その先がけになったのは「伊太(いた)発電所」である(図1)。大井川用水の上流を占める島田市で2013年7月に運転を開始した。発電能力は893kWあって、用水路を利用した小水力発電では規模が大きい。年間の発電量は430万kWhを見込んでいて、一般家庭で1200世帯分の電力使用量に相当する。

図1 「伊太発電所」の全景と設備。出典:農林水産省

 発電機を設置した場所は「落差工(らくさこう)」と呼ぶ用水路の設備の中にある。大井川から流れてきた用水路の水が支流の川に注ぎ込む地点に、水流の落差を緩和するために階段状の落差工が設けられている。この落差工が老朽化して改修が必要になったことから、合わせて発電設備を導入することにした(図2)。

図2 発電所の設置前と設置後(画像をクリックすると拡大)。出典:農林水産省

 川にかかる橋に発電所を建設して、横軸のプロペラ水車による発電機を設置した。さらに水車の回転を速くする増速機を追加してプロペラの回転数を3倍に増やしている。水流の落差は6メートルになり、最大で毎秒17立方メートルの水が流れて発電する。

 設備利用率(発電能力に対する実際の発電量)は55%で、通常は60%以上になる小水力発電としては低めだ。水量が季節によって大きく変動するからである。用水路の水量は稲作の時期にあたる5月〜9月に多くて、それ以外の時期は少なくなる(図3)。発電に利用できる水量も10月〜4月の7カ月間は最大時の4割くらいしかない。農業用水を小水力発電に使う場合の特性である。

図3 農業用水と発電用水の水量。出典:農林水産省

 伊太発電所は用水路の改修と合わせて23億円の費用を投じて建設した。発電能力が200kW以上の小水力発電は買取価格が1kWhあたり29円(税抜き)である。年間の売電収入は1億2500万円になり、買取期間の20年間では約25億円を見込める。落差工の改修費を売電収入でカバーすることができる。

 国営の伊太発電所に続いて、県営の小水力発電所を3カ所に建設する計画が決まっている。そのうちの1つは伊太発電所と同じ島田市内に、残りの2つは大井川の西側を流れる「大井川右岸用水」に建設する(図4)。

図4 「大井川右岸用水」に建設する2つの小水力発電所。出典:静岡県交通基盤部

 右岸の2カ所は発電能力が100kW前後で、年間の発電量は60万〜70万kWhを想定している。2014年度中に運転を開始する予定だ。このほかにも用水路とダムの水流を生かした小水力発電所の検討プロジェクトが県内の5カ所以上で進んでいる。

 地域の有志が始めた小水力発電の取り組みもある。静岡県の東部にある富士宮市では1人の市会議員が中心になって推進している。市内を流れる農業用水路の「北山用水」に小型の発電設備を導入した(図5)。「相反転方式」と呼ぶ独特の発電方法で、発電機の外側と内側が反対方向に回転して速度が2倍になる仕組みだ。通常は小水力発電に向かない1メートル以下の落差でも発電することができる。

図5 「北山用水」の発電設備。出典:静岡県富士農林事務所、協和コンサルタンツ

 北山用水は落差が1メートル程度で、水量は毎秒0.25立方メートルしかない状況でも、1.4kWの電力を作り出す。発電した電力は冬季の温室栽培にも利用する。発電機以外の設備が不要なため、建設費は200〜300万円くらいで済む。地域の農業関係者が草の根方式で導入することが期待できそうだ。

 静岡県の再生可能エネルギーは太陽光発電が圧倒的に多い。小水力発電も着実に増えて、固定価格買取制度による認定設備の規模は全国で第5位になった。しかも運転を開始した発電設備では全国のトップに立っている(図6)。恵まれた自然環境を生かした再生可能エネルギーの取り組みが都市部と農村部の両方で広がっていく。

図6 固定価格買取制度の認定設備(2013年12月末時点)

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2015年版(22)静岡:「富士山と共存できる発電所を増やす、風力や地熱で観光と環境教育」

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