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孫正義×サム・アルトマン発表会の要点を分かりやすく解説します 孫氏が見せた“夢”を現実的に解釈

» 2025年02月03日 22時45分 公開
[井上輝一ITmedia]

 米OpenAIのサム・アルトマンCEOが来日し、ソフトバンクグループの孫正義社長とともに登壇するイベントが2月3日に開催された。イベントは日本の主要企業500社の重役を集める異例の規模で、その場ではソフトバンクグループとOpenAIの合弁会社「SB OpenAI Japan」の設立や、企業向けAI「Cristal intelligence」(クリスタル・インテリジェンス)などを発表。英Armのレネ・ハースCEOも登壇するなど、同イベントの重要性を物語る面々だった。

 このイベントが何を意味するのか。現地参加したITmedia AI+の編集長が要点を解説する。

対談するソフトバンク孫正義氏と米OpenAIサム・アルトマン氏(撮影:井上輝一、以下同様)

「年間4500億円支払い」の意味

企業向けAI「Cristal intelligence」の利用料として、SB OpenAI Japanに対し年間4500億円を支払うという

 まず触れるべきは、2社が3日に設立したSB OpenAI Japanへ、クリスタルの利用料として年間4500億円(30億米ドル)を支払うという金額のインパクトだ。孫氏はトランプ米大統領やサム・アルトマン氏とともに、米国に4年間で約77兆円(5000億米ドル)を投資する「Stargate Project」を発表しており、クリスタル事業とそれへの支払いも同じ一連の投資とみられる。

 クリスタルは「全ての仕様書、プログラミングコード、会議といったその企業のあらゆるデータを読み、AIエージェントとして自律的に事業やサービスを変革する」というもの。

孫氏が手に握るクリスタルの端末。現時点で動作するものではないように思われる

 日本の企業にクリスタルを提供するに当たっては、推論(学習済みモデルの実行)や追加学習などを安全に行うために日本国内に専用のデータセンターを置く構想を発表。その際にも「Stargateの延長線」とする孫氏の発言もあった。

 また、この「年4500億円」は米OpenAIの財政状況への直接的な助け舟とも捉えられる。米The Informationなどの報道によれば、OpenAIは年間約7700億円(50億米ドル)の赤字となっている可能性があるという。合弁会社を通じて4500億円を得られるなら、OpenAIの財政状況を改善できる可能性がある。

 単なる米国への資金流出なのかという見方もあるが、その点も孫氏はカバーしている。SB OpenAI Japanでは1000人の営業とエンジニアを集め、各企業への対応に当たらせると発言。日本国内の雇用創出で日本経済に貢献する姿勢も見せた。

「安全性」を強調 DeepSeekにも言及

 日本国内に推論など専用のデータセンターを置くのは、安全性の観点が大きい。昨今、クラウドでも「ソブリンクラウド」、AIでも「ソブリンAI」という呼称がある。これはざっくり言うと「自国でデータ主権を持てるクラウド/AI」という意味で、海外からの干渉によるアンコントローラブルな状況が起きない安全な環境のことと言ってよい。

 例えば、米国に学習用のデータセンターも推論用のデータセンターも頼り切りになった場合、ますます重要になるAI開発・利活用競争の中で常に米国に手綱を握られることになる。そうなると日本はAI領域でプレゼンスを保てず、今後もただ米国の後塵を拝することになりかねない。

 もっとも、クリスタル事業においても学習や開発は米国になると孫氏は説明していたため、最も大事な部分が米国にあるのは変わらない。しかし、OpenAIや米国に対して大きなパトロン的立場となることで、一方的な関係にならないような狙いが孫氏にはありそうだ。

英Armのレネ・ハースCEOも登壇(写真右)。日本に設置するデータセンターのチップにArmが関与しそうだ

 安全性について孫氏の関心が強いのは、イベントの中で何度か中国の「DeepSeek」に触れたことからもうかがえる。高度な推論モデルである「ChatGPT o1」と同等性能のモデルをOpenAIより格安に提供できていることや、比較的高い性能の小型モデルを作っている様子についてアルトマン氏に問いかけるなど関心を見せたが、同時に「OpenAIは安全性の施策に取り組んできた」(孫氏)とも評価。

 実際、OpenAIは主要なモデルの発表の際、そのモデルを悪用できないか、不適切な返答をしないかといった「セーフティ」「アラインメント」の状況についても併せて公開している。

 このイベントの後、ソフトバンク株式会社からSBグループ各社に向け、セキュリティ上のリスクに対する懸念が払拭されるまで(チャットbotサービスとしての)DeepSeekの利用を禁ずるという通達があった。

現実的な技術実装は?

 同イベントではクリスタルについて大きな野望を語った孫氏。だが、技術的な観点から見れば実現への課題は山積しているはずだ。

 クリスタルができることとして孫氏が語ったのは「全ての仕様書、プログラミングコード、会議といったその企業のあらゆるデータを読み、AIエージェントとして自律的に事業やサービスを変革する」というもの。

 そのようなAIはいま各社が切望しているものでもあるが、まず「あらゆるデータを読ませる」ところに現実的には課題がある。現在の主流なアプローチではRAG(検索拡張生成)と呼ばれる技術を使い、企業固有の知識を大規模言語モデル(LLM)に参照させる。しかし、RAGは簡単に高い精度を実現できるものでもなく、どのように使いこなせば価値のある活用方法になるのかはユーザー企業も開発ベンダーも試行錯誤している最中だ。

 そのブレークスルーとなるキーワードとして「長期記憶」という単語も飛び出た。長期記憶は人間などの生物に認められる、長期間経っても残り続ける記憶のこと。現在の大規模言語モデル(LLM)には長期記憶の仕組みは原則なく、「コンテキスト長」と呼ばれるLLMへ一度に入力可能な文字数の中に会話歴を埋め込むことで一時的な記憶を再現しているに過ぎない。

 孫氏は「実は2015年に私が長期記憶の特許を取得していたのです」と先見の明を会場で披露していたが、取得の時期や語られた内容の一部からは同社のロボット「Pepper」に関するものとも思われた。アルトマン氏も長期記憶について「実現するのは2〜3年後」とコメントしており、長期記憶の特許があるからといって具体的な技術実装に結びつくのかは不透明なままだ。

 同イベントでChatGPTの新機能である「Deep Research」などをデモンストレーションしたのは、その“つなぎ”的な意味で一定の説得力を持たせるためかもしれない。Deep Research機能はユーザーの入力に対しWeb検索や入力ファイルの参照などを踏まえ数十分かけて深い調査を行うエージェント機能で、「なるほどこれができるなら企業情報も深く調査できるのかもしれない」と思わせるものはある。

日本向けの説明資料の前でプレゼンするサム・アルトマン氏

企業に突きつけられる「孫氏の大きな賭けに乗るかどうか」

 いずれにせよ、孫氏がOpenAIに全ベットする状況は少なくとも今後数年は継続していきそうだ。しかも、ただ自分がベットするだけではない。今回発表があったクリスタルはSB OpenAI Japanが日本企業に対して独占販売することになるが、孫氏は「リソースの制限もあるのでまずは1業種1社から」と語った。日本の主要企業500社を集めた前でだ。

 これは暗に「お前はその最初の1社にならなくていいのか? 同業他社に出遅れていいのか?」という問いかけとも読み取れ、さすがの商売魂といった感想だ。企業は、孫氏の賭けに乗るのかどうか、判断を突きつけられた。

サム・アルトマン氏孫正義氏 サム・アルトマン氏(左)と孫正義氏(右)

著者:井上輝一

ITmedia NEWS、ITmedia AI+編集長。2016年にITmedia入社。AIやコンピューティング技術、科学関連を取材。2022年からITmedia NEWS編集長に就任。2024年3月に立ち上げたAI専門メディア「ITmedia AI+」の創刊編集長。ITmedia主催イベントで多数登壇の他、テレビや雑誌へも出演歴あり。

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