大規模化路線の一方で、より効率的なアプローチの可能性も存在する。「小さな規模でも同じようなことができるかもしれない」と甘利氏は指摘する。現代のAIモデルの中には「何か隠れた構造があるのではないか」という。
この指摘の背景には、甘利氏が1960年代から取り組んできた情報幾何学の知見がある。
情報幾何学は、統計学やシステム理論、情報理論を統合する理論体系だ。これは例えば、機械学習のモデルを幾何学的な「空間」として捉え、その中でデータやパラメータがどのように分布し、学習がどのように進むのかを数学的に解析する。ニューラルネットワークのような複雑なモデルでも、この「空間」の性質を調べることで、なぜうまく学習できるのか、どのような限界があるのかといった本質的な特性を理解することを目指している。いわば、AIの「地図」を作る試みともいえる。
「理論が遅れていることを克服できるとは思っている」と甘利氏は展望を示す。単純なスケールアップではなく、AIモデルの内部で起きている現象を理論的に解明することで、より効率的な手法が見つかる可能性があるというわけだ。
この考えは、人間の脳の仕組みからもヒントが得られる。講演の中で甘利氏は、脳が「ニューロンとシナプス結合から成り立ち、非常に複雑な情報処理を行っている」と説明。「脳にヒントを得つつも実装技術や素材がまったく異なる」現代のAIにおいて、効率的な情報処理の原理を理解することの重要性を強調した。
では、今後のAI開発はどのような方向を目指すべきなのか。甘利氏は「はっきりは分からないが、理論的な理解を深められるという夢を信じたい」と語る。現在の大規模化路線は一定の成果を上げているものの、それだけでは不十分だという認識だ。
同時に甘利氏は、AIの発展が人類文明にもたらす影響についても言及した。「AIは社会を大きく変える可能性を秘めている。多くの分野で人間の代わりに作業を担い、効率化をもたらすだろう」としながらも、「そのプロセスの中で危険がないとも限らない」と警告する。
特に注目すべきは、AIの理論的理解が遅れていることが、この不確実性をさらに高めているという指摘だ。AIの挙動や性能を理論的に説明できないままスケールアップを続けることは、予期せぬリスクをもたらす可能性がある。
「新しいアルゴリズムや、人間の脳がもつ学習効率の鍵を解明し、それを工学的に実装するようなアプローチが必要になるだろう」。60年以上にわたりAI研究の最前線で理論研究を続けてきた甘利氏のこの指摘は、現代のAI開発において理論と実践のバランスを問い直す重要な提言といえるだろう。
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