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さくらインターネット江草CIOは生成AIをこう使う GitHub Copilotやdeep researchを使い分け 多彩な活用術トップ人材は、生成AIをこう使う

» 2025年03月12日 13時00分 公開
[斎藤健二ITmedia]

 「GitHub Copilotは常時オンです。もう元の状態には戻れません」──さくらインターネットで執行役員兼CIO兼CISOを務める江草陽太氏は、コーディング支援AIの恩恵をそう語る。

 1991年生まれの江草氏は24歳で執行役員に就任した気鋭のエンジニアだが、コード補完から複雑な情報収集、画像生成まで、日常のさまざまな場面で多彩なAIツールを駆使している。ChatGPTの使い分け、deep researchを活用した海外情報の収集、Adobe Fireflyによる写真加工など、実務者ならではの視点で編み出した活用術とは。

コーディングから情報収集まで AI活用の日常

 プログラムコードを入力し、Tabキーを押すと次に書くはずだったコードが、まるで思考を読み取ったかのように画面に現れる──。「プログラミングが楽になりました。もうない状態には戻れません」。江草氏は日々の業務でのAI活用についてそう話す。

photo 江草陽太氏

 技術統括責任者として複数の開発プロジェクトに関わる同氏のデスク。常にプログラマー向け統合開発環境(IDE)「Visual Studio Code」(VS Code)を開き、コード補完AIである「GitHub Copilot」が稼働している。

 「普通にプログラムを手で書いている時に、Tabで打つとフィールド名と一致して連続で書くようなコードが出てきます。空気を読んで続きを同じパターンで書いてくれます」と江草氏。飛行機の中など接続が不安定な環境ではCopilotの反応が遅く「面倒くさいなと思いながら書きます」という状況が、逆にその便利さを際立たせている。

 「面倒くさい続きを補助してくれるのが一番便利です。例えば住所や都道府県のバリデーション、あるいは氏名とカナのバリデーション(統一)をかける時など、フィールド名と一致して連続で書くようなパターンを、空気を読んで続きを書いてくれます」と、コーディング効率が格段に向上したとの認識を示す。

 江草氏のAI活用はコーディング支援にとどまらない。情報収集においても、目的に応じて複数のツールを使い分けている。「ChatGPTは何か調べ事をするときに使いますが、最新情報や検索が必要なこと、おそらく学習データに含まれていないだろう内容については、Google検索やWeb検索を有効にしたChatGPT、あるいはdeep researchを使い分けています」

 特にAI検索ツールdeep researchについては、通常の検索では時間がかかる複雑な調査に効果を発揮するという。「例えば『各国の有線インターネット接続方式について調べてください』と頼むと、世界各国のプロバイダー設定方法などを読み込んでまとめてくれます。中国語や各国の言語で書かれた情報も含め、さまざまな言語の情報を収集・整理してくれるのが強みです。人間でも調査は可能ですが、言語の壁や膨大な情報量から『全部読んでられへんわ』となるところを、AIなら数分で整理できます」と効率化のメリットを強調する。

 業務の幅は多岐にわたり、画像処理も必要な場面がある。「JANOGというネットワークカンファレンスでスタッフをしていた際、撮影した写真をスライド用に加工する必要がありました。Adobeの画像生成AI機能で背景を拡張し、適切なアスペクト比に調整しました」

AI使い分けの極意 「知っているか知らないか」見極めと対話戦略

 江草氏はAIツールを明確な基準で使い分ける。その判断軸の一つが「AIが知っているか知らないか」という視点だ。

 「ChatGPTが出たての頃はWeb検索機能がなかったので、モデル内にある知識だけで回答することが前提でした。事実を調べたいことなど、人間が決めたことであって論理的に考えたらそうなるというものではなく、知っているか知らないかに関わることはあまり聞かないようにしています」と、AIの限界を理解した上での活用法を説明する。

 実際の判断例として、あるソフトウェアライブラリの機能について質問した経験を挙げる。「試しに『このライブラリにこんな機能はありますか?』と聞いてみたら、『対応しています、こうやったら使えます』と関数名まで教えてくれましたが、実際にはそんな関数は存在しませんでした」。これはAIが実在しない情報を作り出してしまう「ハルシネーション(幻覚)」と呼ばれる現象だ。一方でISO規格など公式文書を元にした質問には強いという。

 学習データの推測も活用のカギだ。「学習対象は公開されていないので推測でしかないですが、パブリックになっているWebサイトやニュース記事が基本です。公式情報を公開する組織がWebサイトに掲載しているような情報は学習対象に含まれているだろうと考えています」

 日々変わる情報については別のアプローチをとる。「ISO規格なども2020年バージョンのような形で長期間公開されている情報なら学習内容に含まれていると思われますが、1、2カ月単位で掲載情報が変わるものについては直接聞きません。検索を明示的に指示するか、deep researchを使って検索してもらいます」

 コーディング支援においてもツールの特性を見極める。「GitHub Copilotはコードの続きを予測して補完してくれますが、日本語の指示からまとまった大きなコードブロックを一度に生成するのには向いていません。それに対してChatGPTは、『こんな仕様で、言語はこれで、こんな条件で実装してください』と日本語で指示すると、ある程度のまとまりのあるプログラムを書いてくれます。また間違いを指摘したり対話したりしながら最終的にコードを作り上げるなら、ChatGPTの方が使いやすい」と説明する。

 deep researchについては、単に結果だけでなくプロセスも活用する。「右側に表示される『こう検索しました』『読んでみたらこうでした』『次はこれについて調べます』という流れを読むようにしています。結果だけでなく、たどり着いた原文も必要に応じて確認します」と、検証のプロセスを重視する考えを示す。

 こうした使い分けにより、単純な事実確認はGoogle検索、複数情報の収集・整理はdeep research、コードの連続パターンはGitHub Copilot、複雑なコード生成と対話はChatGPTといったようにすみ分ける。「検索してすぐ出てきて答えがパッとたどり着くなら、それは検索した方が速いです。一方で複数の検索を組み合わせないと手に入らない情報は、AIに任せて10分ぐらいで終わることを期待して放っておきます」と効率性も重視する。

 またdeep researchについては、前述の海外情報収集以外にも工夫がある。「論文を読むときにも活用しています。PDFをアップロードして要約してもらうだけでなく、自分でも論文を読んで考えた解釈を入力して『この解釈であっていますか?』という使い方をしています」と、AIを知識検証の相手として活用する方法も編み出している。

「Settings」などをブラックリストに 機密対策と業務改革の両立

 「会社の機密情報を外に送信するのはダメなので」。江草氏はさくらインターネット社内でのGitHub Copilot導入に際し、ユニークな対策を講じた。エンタープライズ版のライセンスを購入した上で、「Settings」「Env」「Secret」「Environment」「internal」などの特定の文字列を含むファイル名をブラックリストに登録する方式だ。

 「含まれていないものもブラックリストに入っていても問題ありません。むしろいろんなパターンで機密情報が入っている可能性のあるファイル名を広めにブラックリストに入れています」

 社内AI活用の意義については、AIで業務を改善するのではなく、業務改善のきっかけにAIを活用する考えだ。「社内の業務は自動化できるところはだいたい自動化されています。今自動化されていないのは部門固有の業務です。AIを使いましょうというより、業務を見直しましょうという意識とセットになるきっかけとして考えています」

 この「業務見直し」という視点は、単なるツール導入を超えた改革を意図している。「まずは部門ごとの業務フローを見直し、その中でAIが活用できるポイントを見つけていく。積極的な部門から始めて、その変化を他部門に見せることで広げていきたい」と段階的アプローチを描く。

 実際の生産性向上については慎重な見方だ。「エンジニアの生産性が上がることは事実です。ただ生産性を数値化していないので、開発時間が半分になるといった期待はしていません。むしろ優秀なエンジニアがより早くたくさん成果を出せるようになることを期待しています」

 AIツールの効果はスキルレベルによって異なる特徴がある。「理解が浅いときにCopilotを使っても利便性があまり分からないのではないでしょうか。頭の中に書きたいコードがあって、それを理解してCopilotが出してくれるから便利なのであって」と、AIは既存スキルを増幅する存在だと分析する。

 「新卒も(Copilotを)オンにしてもいいですが、入っているからといって効率がそんなに変わるわけではないでしょう。ChatGPTに依頼する場合も、スキルがないと適切な指示が出せないと思います」と、AIが万能な生産性向上ツールではないという見方を示している。

自社サーバでのAI活用へと向かう視線 企業のAI活用の未来像

 江草氏はAIの未来についても明確なビジョンを持つ。特に注目するのは自社サーバで動作する大規模言語モデル(ローカルLLM)だ。

 「サーバで動かす、あるいは自分のサーバで動かすようなツール群がこれからどれぐらい使えるようになるかは気にしているところです」。同社のクラウドサービスを活用し、V100やH100といったNVIDIA製の高性能GPU搭載サーバでの実験も進めている。

 モデル選択には国産志向も見られる。「自然言語を扱うなら、規模が十分あれば、むしろ国産の方がいいのかなと思っています。サイバーエージェントの『Open CALM』や、最近NII(国立情報学研究所)のモデルなど、国産モデルにも興味があります」

 企業におけるAI活用の理想形として、公開サービスと自社運用の使い分けも提案する。「ChatGPTなどに知識を入れるなら、たまたま漏えいしてしまっても許される範囲のものに整理する必要があります。一方、ローカルLLMで自社の管理下のもと、自社のデータベースのRAGにアクセスするなら、機密情報もどんどん入れたいです」と、情報セキュリティの観点からのすみ分けを重視する。

 こうした企業戦略の判断基準として「企業の信頼性、情報セキュリティの範囲で決まる」と指摘。「AIの性能が劇的に向上し、機密情報をアップロードすれば競争力が飛躍的に高まるという状況になれば、漏えいリスクと得られるメリットの天びんが変わるかもしれない。しかし今のところそこまでの状況ではない」との冷静な分析も示す。

 趣味の領域では既に一歩先の実験も。「さくらの秒課金GPUサービス『高火力 DOK』を使って、自分の写真をAIに学習させ(自分の画像を出力できるように)ました。Stable Diffusionにユーザー独自の特徴を追加学習させるLoRAという技術を使いました。デモでよく展示していますが、仕事というより趣味の範囲です。クリエイティブなものには使えていいなと感じています」と、AIを活用した自分の写真の生成事例を紹介した。

 「Copilotは飛行機の中で使えないと不便」「ChatGPTには論文理解の壁打ち相手になってもらう」「deep researchの検索過程を読み解く」──江草氏のAI活用法は、ツールの特性を見極め、業務と趣味の両面で最適な使い方を模索する実験的なアプローチに特徴がある。

 単なる効率化ツールではなく、業務見直しのきっかけとしてAIを位置付け、新たな価値創造や知的探求の可能性を追求する姿勢は、今後のビジネスパーソンのAI活用の一つのモデルとなりそうだ。

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