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行政・金融・医療が続々導入する謎の生成AIサービス「GaiXer」とは

» 2025年08月18日 12時20分 公開
[井上輝一ITmedia]

 伊賀、呉、仙台、姫路──これらの自治体に共通している項目がある。行政業務に「GaiXer」(ガイザー)という聞き慣れない生成AIサービスを導入していることだ。自治体だけではない。千葉県がんセンター、順天堂大学、藤田医科大学病院といった医療機関や、岡三証券グループ、三十三銀行、栃木銀行といった金融機関もGaiXerを使った業務効率化などの実証実験を行った。

 GaiXerを開発するのは、クラウドインテグレーターのFIXER(港区)だ。2009年に創業した同社は、米MicrosoftのAzureを中心とするクラウド導入・運用支援事業を展開。2015年には日本企業としては初の早期展開パートナーとしてMicrosoftに認定された。一貫してクラウド事業に取り組んできた同社が、2023年から本格的に生成AI事業へと舵を切った。

FIXERが開発する、エンタープライズ向け生成AIサービス「GaiXer」(撮影:編集部)
FIXERの松岡清一社長(撮影:編集部)

 松岡清一社長は「2018年ごろから調達要件に『クラウドで構築すること』が入るようになった。今後は『生成AIでシステム開発すること』が要件になる時代が来る」と語る。松岡社長は、2026年から2027年にはその転換点が訪れるとみる。

他の“法人向け生成AI”との違いは

 FIXERは独自のLLMを開発しているわけではない。GaiXer自体は生成AIプラットフォームで、GPT-4oやo3、Claude Sonnet 4、Gemini 2.5 Pro(2025年8月時点)など各社の主要なAIモデルを自由に利用できる。また、NTTのLLM「tsuzumi」など日本企業が開発したLLMも搭載し、ソブリンAIのニーズに応える。

 複数のAIモデルを提供する法人向けサービスは他にもある。にもかかわらず、複数の官公庁や金融・医療機関がこれを採用する理由は大きく2点ある。

クラウド事業から地続きのリレーション

 1点目は、クラウド事業で培った官公庁とのリレーションだ。クラウド事業では特に三重県とのつながりが強く、同社は四日市市に開発拠点を置くほど。この拠点では地元のITエンジニアを採用し、同社の事業開発に携わっているという。

 ChatGPTが出てくる前の2018年には、三重県庁向けに自動文字起こしによる「県議会議事録システム」を作成し実証実験。「そのときはまだ、政党名を間違えてしまうなど精度に問題があり『これじゃ使えないね』とはなったが、今考えると当時でも相当なことはできた」と松岡社長は振り返る。

 金融機関向けには2017年に、北國銀行のフルクラウド化をFIXERと日本マイクロソフトが手掛けるなど、地方銀行との関係を深めていた。

 そんな中、2023年から2024年にかけて実施された、デジタル庁の「行政における生成AIの適切な利活用に向けた技術検証の環境整備」の委託事業者としてFIXERが採択。この取り組みでは、13府省庁と26の自治体からの参加者が実際にGaiXerを利用することとなった。その結果、90%以上の利用者が「業務効率化・成果物の品質に効果あり」と回答した。

高いITセキュリティ要件のクリア

 2点目は行政が求めるITセキュリティ要件のクリアだ。

 デジタル庁との取り組みを進めるに当たっては、技術検証とはいえ必要なITセキュリティ要件はクリアしなければならない。具体的には、“ガバメントクラウド”ともいわれる「ISMAP」のチェックリスト・セキュリティポリシーに照らし合わせ、このタイミングで適合するようにシステム改修を実施した。「全部クリアするのはめちゃくちゃ大変だったが、すごく時間とお金と情熱をかけて取得した」(松岡社長)

 このため、ISMAPの中でもリスクの比較的小さな業務や情報処理に用いるSaaSを認定する「ISMAP-LIU」(for Low-Impact Use)の特別措置サービスリストに登録されている。

 さらに、行政専用の閉域ネットワークである「LGWAN」にも対応。両備システムズ(岡山県岡山市)が提供する、インターネットを経由することなくLGWANにパブリッククラウドを接続可能な「R-Cloud Proxy」を介することで、LGWAN内でもGaiXerを利用できるようにした。

藤田医科大学病院でも文書作成支援で医師の81%が「満足」

 医療機関向けの取り組みでも結果が出つつある。藤田医科大学病院を運営する藤田学園とFIXERは、共同で事業会社「メディカルAIソリューションズ」を設立。この新会社ではGaiXerの知見を生かした「退院時サマリー作成支援システム」を開発し、藤田医科大学病院の6つの診療科で先行運用の後に、精神科など3科を除く31の診療科で本格運用を始めた。

 退院時サマリーは、患者が退院する際に他の医療機関や福祉施設でも適切に治療やケアを継続できるよう、診断情報や治療経過などをまとめた文書。主治医が作成するものだが、煩雑な作業が多い上に患者の退院が決まってから短時間で作成しなければならず、医師の負荷になっていたという。

 このシステムでは、電子カルテに表示された「サマリー生成」ボタンをクリックするだけでサマリーの下書きを作成。下書きを医師が確認し、適宜修正して取り込みボタンをクリックすれば完了という寸法だ。

 医師170人を対象に実施したアンケート調査では、92%が「時間短縮、業務改善につながった」、81%が「満足」と回答。今後は看護師向けのサマリーや診断書の作成支援などにもシステムを展開していく。

医師向けのアンケート結果(同社のプレスリリースより引用

あらゆる企業の生成AI活用が当たり前になる日

 「クラウドは3年で普及すると思ったが、10年かかった。でも生成AIは10年はかからない」と松岡社長は断言する。

クラウド事業で成長した同社だが、今後は生成AI事業でさらに成長していきたい考えだ(撮影:編集部)

 生成AIは便利だが、オンプレミスにホストしないと結局機密性の高い文書は扱えない、性能の高いモデルはクラウドにあるから自社では使えない──こんな風にも思われがちで日本企業の生成AI導入の足かせになっているきらいはあるが、ISMAP-LIUのセキュリティ要件にも適合し、すでに官公庁や金融、医療といった機密性の高い業界で使われているGaiXerは、そんな「生成AI導入の壁」を取り払ってくれる存在かもしれない。

著者:井上輝一

ITmedia NEWS、ITmedia AI+編集長。2016年にITmedia入社。AIやコンピューティング技術、科学関連を取材。2022年からITmedia NEWS編集長に就任。2024年3月に立ち上げたAI専門メディア「ITmedia AI+」の創刊編集長。ITmedia主催イベントで多数登壇の他、テレビや雑誌へも出演歴あり。(プロフィールは記事掲載時のものです)

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