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レコメンデーションの虚実(17)〜ソーシャルメディアが映画『マトリックス』を生み出す日ソーシャルメディア セカンドステージ(2/2 ページ)

» 2008年02月04日 16時45分 公開
[佐々木俊尚,ITmedia]
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ヒト、商品、Webサイトを同列のオブジェクトとして相関関係を分析

 ゼロスタートコミュニケーションズのzakiさんこと山崎徳之社長がある日突然気づいたのは、そこだった――世界に存在するありとあらゆるオブジェクトの相互の関係性をマイニングしたら、その相関関係を導き出せるのではないだろうか? zakiさんはこの連載の第4回(ベイジアンは「Amazonを超えた」のか?)でも紹介したように、ベイジアンネットワークを応用してヒトとヒト、ヒトと商品、商品と商品の相関関係を調べる技術を開発している。この技術をさらに推し進めれば、ソーシャルグラフを進化させることが可能になるのではないかと、彼は考えた。つまりはヒトとヒト、ヒトと商品、商品と商品という相関関係だけでなく、ヒトや商品、コンテンツ、Webサイトなどを同じようなオブジェクトとして捉えてしまい、ベイジアンネットワークや協調フィルタリングによってそれらオブジェクトの相関関係を分析してしまおうと考えたのである。

 これがzero-Matrixのスタート地点である。

 例えばmixiのようなSNSで考えると、ユーザーとマイミク、コミュニティ、ニュース記事などをすべて同じフラットな土俵の上でマイニングし、ソーシャルグラフ化するようなモデルが考えられる。つまりユーザーとマイミク、コミュニティ、ニュース記事、写真、音楽などの相関関係を計算し、そこから新たなレコメンデーションを提供することも可能になる。

 そうすれば、例えばユーザーに対して「あなたに最適なマイミクはこの人です」「あなたに最適なコミュニティはこれです」といったレコメンドも可能になるが、おそらくはそのようなあざといレコメンドは行われないように思える。なぜならzero-Matrixのようなアプローチであれば、相関関係の濃淡(近いか遠いか、という距離)をはかることができ、そうであればリアル世界の人間関係が近いユーザー同士を自動的に接続したり、趣味の部分で距離の近いユーザー同士を自動的に同じコミュニティに参加させるような仕組みを、アドホック(その場その場)に生み出すことが可能になるからだ。つまりはレコメンデーションの環境化である。

 コミュニティに参加する、マイミクでつながるというのは、ゼロか1という選択しかない。コミュニティに参加すれば1、参加しなければゼロだ。だが相関関係によってアドホックにつながるコミュニティ、アドホックにつながるフレンドとは、そこに距離の「濃淡」を醸し出すことが可能になる。相関が強ければ濃いフレンドであり、相関が弱ければ淡いフレンドとなる。そしてその関わり合い具合は、リアル世界の成り立ち方にかなり近い。

 ゼロスタートの伊知地晋一さんは「とりあえずはzero-Matrixをマーケティングツールにしていこうという展開を進めていこうと考えています。しかしいずれはこの考え方が、ソーシャルグラフをリプレースしていくのではないかとも期待しているんです」と話す。例えば、zero-Matrixを社内のイントラネットに導入すれば、表のピラミッド構造ではない裏の人間関係を浮かび上がらせてしまうことも可能になる。だれが特定の派閥に参加し、どの人物が裏の人間関係でハブになっているのかということが、社員やメールなど社内オブジェクトの関係性のマイニングによって浮かび上がってしまうのだ。

リアルもバーチャルもフラットにとらえる

 私はこのzero-Matrixを取材して、仮想空間サービスのSecond Lifeのことを想起した。Second Lifeとzero-Matrixはまったく無関係のサービスではあるけれども、バーチャル空間の中にリアル世界を再構築しようとするそのもくろみについては、同じなのではないかと考えたのである。しかしそのアプローチは、180度ぐらいは異なっている。

 Second Lifeは、建物や身体、家具、自然物といったオブジェクトの集合体としてとらえ、それらをバーチャル空間内に配置することによって世界を再構成しようとした。一方zero-Matrixは、世界をオブジェクト同士の「関わり合い」によって再構成しようとしている。zakiさんは言う。「脳から見た世界は、リアルの世界であろうがバーチャルな世界であろうが、主観からつながる1つの客観に過ぎないんだと思うんですよね。実は現実世界の方が従属で、バーチャル世界の方がプライマリーかもしれない。単に脳の先に2つが並列しているだけなんだから。だからその意味で、現実空間もバーチャル空間もフラットなものとしてとらえられるはず」

 その主観の世界の中では、オブジェクト同士はSecond Lifeのように物理空間に配置されているのではなく、興味や愛情、反発、関心、購入、接続、消費といった主観的な行動――言い換えれば、そのモノに対する「干渉」によってつながっている。だったらその「干渉」をバーチャルの中で再構築することこそが、本当のバーチャルリアリティ(仮想現実)となるはずだ。そしてこれこそが、zero-Matrixの考え方である。

zero-Matrixで新しい世界を生み出したい

 zero-Matrixでは、その関連性をベイジアンネットワークや協調フィルタリングを使った「干渉」の計測によってマイニングする。世界に存在するありとあらゆるオブジェクト――「人」「建物」「自然」「商品」「店」「家具」「食べ物」「記事」「映画」「ブログ」「文学」を、「購買」「愛情」「奪取」「興味」「衝突」「支配」「関心」「無関心」「憎悪」「接着」といったさまざまな干渉によって相関関係をあぶり出せれば、それはリアルの世界を再構成するひとつのセカイ系となりうる。

 もちろんその「干渉のセカイ系」を完全に再構成しようとすると、いまの技術ではまだ無理だろう。とはいえ、このアプローチはソーシャルグラフの未来に導かれるべき、正しい考え方であるのは間違いない。

 ちなみにこの「干渉のセカイ系」のアウトプットを大脳につなぐことができれば、それは映画『マトリックス』の世界となる。もちろんそれは遠い未来の可能性の話だが――。ゼロスタートのもうひとりのメンバー、羽田寛さんは言った。「ビジネスとしてはまずマーケティングからスタートします。でもわれわれがやりたいのは、まったく新しい世界を生み出すことなんです」

 zero-Matrixはあまりにも未来的すぎて、すぐには受け入れられないかもしれない。だがIDの共通化からアプリケーション開発の共通化、そしてソーシャルグラフの共通化へと進んできたソーシャルメディアの進化は、おそらく近い将来にzero-Matrixが見通しているような世界へと進んでいくのは間違いないだろう。

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