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ジオンとその系譜に見る、「国力」とは何か?元日銀マン・鈴木卓実の「ガンダム経済学」(4/5 ページ)

» 2018年12月10日 07時30分 公開
[鈴木卓実ITmedia]

権威者による演説の価値

 行動経済学や社会心理学の分野では、ある分野の専門家が専門外のことについて語っても権威があると感じてしまうハロー効果(後光効果)の存在が知られている。顕著な特徴を過大評価してしまうのである。恐らくは、即断即決が生死に関わる原始時代からの遺伝子に引きずられているのだろう。

 確実ではなくとも、自分の判断よりも正しいことが多ければ生存確率が上がるため、部族長や年長者といった権威ある者の言葉を妄信した方が理に適っていた。文明化した今日、考える時間があったとしても、太古から連なる権威に弱いという思考・行動パターンを無自覚にとってしまう。

ハロー効果(後光効果)のイメージ ハロー効果(後光効果)のイメージ(写真提供:ゲッティイメージズ)

 身近な例では、テレビのワイドショーに出ている大学教授のコメントにはハロー効果がありそうだ。大学教授という権威ある肩書があり、しかもテレビに出ている「選ばれし者」となれば、“専門外”の発言であっても真実のように聞こえる。発言を事後的に検証されることも少なく、とっさのコメントで知識・情報を確認する時間もないのであれば、おおよそ確度は高くないだろうが、その点はあまり言及されない。

 ちなみに、学術論文を執筆して学界という専門家集団から評価されている大学教授は、専門外の分野についてコメントを控える傾向が強い。学者の良心なのだろう……。

 ギレンはザビ家独裁のために謀略をめぐらした政治家であり、MSの運用やコロニー落としを立案した軍事指導者でもある。もちろん、統治者として一般庶民より統計に詳しいだろうが、万能ではない。そして、政治家は嘘をつく。

 統計の分野では、阪神・淡路大震災や東日本大震災の影響で調査に支障が生じたため、推計値で補っている統計がある。さらに規模が大きい災厄では、第二次世界大戦後、吉田茂首相が大内兵衛を召し出して統計制度を立て直した歴史がある。大内兵衛は、「統計の整備は、日本再建の基礎事業中の基礎事業である」と述べたと伝えられているが、戦争で破壊された経済や生活の状況を正確に把握することは、それだけ難しい。ジオン本国はともかく、コロニーが落ちた地球の状態を把握することは困難だっただろう。

 ギレンはあえて、国力という定義が難しいのになぜか使われている抽象的な概念を持ち出した。人口よりも国力といった方が壮大なイメージがあるし、国力と言ったところで誰も疑わない。

 国力の差を補っているのは、この戦争が正義のためであるとし、ジオン国民の優秀さを持ち出して、国民の自尊心をくすぐり、連帯を促す演説は見事である。

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