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『ジャンプ』伝説の編集長が語る「21世紀のマンガ戦略」【前編】マシリトが行く!(4/8 ページ)

» 2019年07月19日 05時00分 公開
[伊藤誠之介ITmedia]

漫画は時間軸も国境も越えて、出版社のビジネスをはみ出している

原田: ところがその『ONE PIECE』を持ってしても、『ジャンプ』の部数の落ち込みに歯止めがかかっていないわけですから、それはやはり読者が紙媒体からデジタルに乗り換えていっているということでもある。

 ただ鳥嶋さんとしてはゲームなどを含めたメディアミックス路線をすでに『ジャンプ』で進めていましたから、編集長になってもそういうデジタル化への対応を一方で考えていたはずですよね?

鳥嶋: 漫画とアニメとゲームって、非常に親和性が高いんですね。漫画に色がついて動けばアニメ、それを自分の手で動かせばゲームなんです、簡単に言うと。そういう順番でできているんです。

 僕が漫画編集の現場にいた頃は、ゲームやアニメは漫画に勝てないと思っていました。なぜかというと、10代の才能の発見・育成に関してノウハウがないから。ゲーム会社もアニメ会社も、会社は儲かるけど個人が儲かるシステムにはなっていない。著作権が個人に帰属しないんですね。10代で才能があって億万長者になれるとしたら、漫画しかないんですよ。漫画からゲームやアニメになるのは非常に簡単なので。初版30万部売れればすぐ話が来る。

 そういう意味で言うと、簡単に作れて、簡単に潰せて、非常に早くヒットの芽が探せるのは漫画なので。だからアニメやゲームに対して、漫画はアドバンテージがあると思っていました。

photo 鳥嶋さんは「10代の才能の発見・育成に関してノウハウが漫画は、アニメやゲームよりもアドバンテージがある」と語る(写真は鳥山明さん、Wikipediaより)

原田: そういうアドバンテージがあるにしても、1990年代はデジタル機器の人気が高まる一方で、漫画を紙媒体ではなくデジタルで読む世代がやがて出てきます。それに対して、正面から漫画のデジタル化に対応しようとは思われなかったんでしょうか?

鳥嶋: 今に至るまでそうですけど、電子コミックは紙のオマケですね。それまでのビジネスモデルは、雑誌で儲かって単行本で儲かるという、ここまでしか考えていない。それで途中からは、単行本で雑誌の赤字を埋めていく。単行本をどう売るかということに、ビジネスの重きを置いたんですね。単行本を売るためにどうするかということで、メディアミックスを考えてやっていた。

 なぜかというと、アニメーションで知ってもらえば、その原作の存在が分かって売れるからです。TVアニメの視聴率の1パーセントは100万人。1パーセントに知ってもらえば、100万部刷れるわけです。『Dr.スランプ』の最高視聴率が36.5パーセント、3650万人が見てくれている。『Dr.スランプ』の単行本の最高初版が260万部ですから。そう考えれば簡単なことでしょ。

photo 『Dr.スランプ 1 (ジャンプコミックス、集英社) 』

 話を戻すと、電子コミックに関して出版社が真剣に取り組んでこなかったのは、途中をカットしちゃうからですね。「出版社は机と電話があればできる」と言われたのは、制作は印刷所、流通は取次、売る場所は書店と、こういうふうに分業化されて合理的にできているからです。でも電子だと、書店がいらない。取次がいらない。印刷所もいらない。

 ただ、出版社は漫画だけで成り立っているわけではないので。簡単に言えば、漫画を売ってもらって、売れない雑誌や活字の単行本を抱き合わせで売ってもらっているようなものです。だから時代の趨勢(すうせい)がそうだからといって、あまり露骨にデジタルにシフトするわけにはいかない。出版社の中で起きていた議論は、「単行本を書店で売ってから、あまり時間を置かずに電子書籍を売ると、単行本の売り上げに影響が出て、書店に迷惑が掛かかって書店が疲弊する。とてもそんなことはできない」というのがいちばん大きなものでした。

photo (写真提供:文化学園大学 深田 雅子)

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