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新型コロナが暴露 この社会を真に破壊する「社畜根性」というウイルス「生物としての人間」を無視してきたツケ(3/3 ページ)

» 2020年04月22日 08時00分 公開
[真鍋厚ITmedia]
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この社会の脆弱性を「利用」するコロナ

 しかも新型コロナウイルスは潜伏期間が長く、無症状の人も多いという極めてステルス性の高い特徴があります。「生物としての身体」を顧みないわたしたちの社会を、むしろ最大限に利用し尽くす狡猾(こうかつ)なウイルスなのです。あえて悪趣味な表現をすれば、全社員がクラスター(感染者集団)になってようやく終了する生体実験の被験者になるようなものです。

 では、「コロナ的なものを前提にした社会」における「働かせ方」「働き方」はどうあるべきなのでしょうか。少なくとも、コロナ以前の価値観は捨て去らなくてはなりません。

 表面的には、労使双方で健康確認の重要性が高まるとともに、体温などの健康情報の共有化が一層進むことでしょう。感染リスクを踏まえて「不調者を働かせない」就業環境が整備されていくことは容易に想像できます。

 入口に赤外線サーモグラフィーを設置し、体表温度をリアルタイムで計測することで、発熱者のスクリーニングを行い、扉の開閉と連動させるセキュリティゲートが一般化し、テレワークの実施により直接接触の機会を減らすだけでなく、本社をはじめとする事業所の分散化による企業内ソーシャル・ディスタンシングが日常風景になるかもしれません。

 とはいえ、これは本質ではありません。特定の病原体によるリスク化で「不安」や「恐怖」の感情とともに呼び起こされた、「生物的な身体」「生物としての現実」の次元に立ち戻らなければ同じ過ちを繰り返すだけでしょう。

 それは、クレーリーのいう「24時間・週7日フルタイム」で進行する「生物的な限界」を無視した社会構造の大転換です。わたしたちが利便性、快適性と引き換えに終始抑圧し、犠牲にしてきた「生物的な身体」「生物としての現実」と向き合い、世界観、生命観といった哲学的な価値の序列を問い直し、ライフスタイルの変革へとつなげることが必要になるのです。

これまでの「贅沢だった世界」の崩壊

 いつでもどこにでも自由に移動できること、いつでも好きなものを食べられること、いつでも誰とでもコミュニケーションが図れること……etc。このような日々が今や奇跡のように感じられるのは至極当然です。かつて生きられていた世界が「眠らないことで成り立つ贅沢品」に過ぎなかったからです。

 開発や温暖化によって新興感染症が出現しやすくなることはよく知られている因果ですが、いずれにしても「生物的な限界」を認めようとしない経済システムは早晩、コロナ禍のような生物災害によって自滅に追い込まれるしかありません。

 わたしたちの仕事場や通勤電車をウイルス爆弾で木っ端微塵に吹き飛ばすのは、他でもないわたしたちの社会において最も強固な観念という名の信管なのです。

真鍋厚(まなべ あつし/評論家)

1979年、奈良県天理市生まれ。大阪芸術大学大学院芸術制作研究科修士課程修了。出版社に勤める傍ら評論活動を展開。専門分野はテロリズム、ネット炎上、コミュニティーなど。著書に『テロリスト・ワールド』(現代書館)、『不寛容という不安』(彩流社)がある。


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