クルマはどう進化する? 新車から読み解く業界動向

やり直しの「MIRAI」(前編)池田直渡「週刊モータージャーナル」(6/8 ページ)

» 2020年11月02日 07時00分 公開
[池田直渡ITmedia]

鉄の領域

 さて、走りの話だ。これが素晴らしい。燃料電池車(FCV)というものは、動力電源以降の仕組みは、完全に電気自動車(EV)と変わらない。水素と酸素を化合させて発電するクルマがFCVであり、バッテリーで電力を供給するクルマがEVだ。厳密にいえばFCVにも回生電力の一時保存用にバッテリーを備える。電気の力で最終的にモーター駆動で走るという点では両者は同じなのだ。

 だから、MIRAIはいわゆるEVの魅力的な部分をほぼ全て備えている。モーター駆動だから、低速でのトルクは太いし、レスポンスも内燃機関より圧倒的に良い。内燃機関の制御は1サイクル毎にしかできないのでせいぜい50分の1秒毎だが、モーターなら黙って100分の1秒。メーカーによっては1万分の1秒で制御できると豪語するところもある。精度のキメがずっと細かく早いのだ。

 またリヤにモーターを単体でマウントしたおかげで、力に変換された後のレスポンスも向上している。モーターには振動の要素がほぼない。ということはエンジンに比べてよりリジッドに近い形でマウントできるということで、振動の塊であるエンジンのように、マウントをある程度ゆるくしてNVH対策をする必要がないのだ。柔らかく容量の大きいマウントは作用反作用の原理で駆動力の一部を逃したり、駆動系全体のソリッド感に悪影響を与えたりするので、NVHさえなければ可能な限り締め上げたい。駆動系の高いソリッド感はモーターオンリー駆動車のメリットで、以前テスラのインプレッション(記事参照)でも書いた通りEVの重要な美点である。

フロント車軸上にマウントされたFCスタックとインバーター

 さて、それではMIRAIは何が違うのか? それは「鉄の領域」にある。つまり自動車プロパーの会社ならではのシャシーの出来である。システムの配置を見直したことで前後重量配分が50:50になっただけでなく、意外なことにMIRAIはこのクラスでは軽い。EVはもとより、3.5リッターV6級の内燃機関車と比べても、MIRAIは200キロくらいは軽いのだ。駆動用バッテリーがあるとはいえ、容量が小さい。EV比ではバッテリー容量による重量の差が、内燃機関比ではトランスミッションの有無がその重量差を生み出している。それでも1.9トン超えではあるのだが、競合するクルマより軽いのは事実である。

 しかも前後ともオーバーハングに重量物がほとんどない。あるとすればリヤの水素タンクくらいだが、これはパーツで22〜23キロとのこと。中身の水素は満タン時のタンク3本合わせて6キロに過ぎないので、こちらも軽い。ガソリンは比重が約0.75なので、40リッタータンクでも30キロになる計算だ。EVのバッテリー重量は300キロからといった具合でこれはもう絶望的に重い。

オーバーハング部分はほぼからっぽ

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