――日本企業のワクチン開発は欧米、中国と比べて周回遅れだと指摘されています。どの点が違うと感じていますか。
研究開発の規模とサポートシステムの面で、欧米・中国と日本とでは雲泥の差があります。米国政府は1兆円を投じ、ファイザーも自腹で2100億円の資金を調達しました。欧州は日本を含む各国から約1兆円をかき集めて投資。中国は国を挙げておそらくそれ以上を投資して開発を急ぎました。一方、日本は20年の2、3月に国としてワクチン開発に使った予算は約100億円程度、しかもこれを基礎研究者、医師主体の評価委員会にかけて、いくつかの産学のチームに振り分けました。投資額だけでも日本と比べて100倍大きい。特に初期投資においての投資規模の格差が明らかにあります。
私が所属している東大医科研でもメッセンジャーRNAワクチンの開発を進めています。3月には臨床試験が可能になりそうで、通常の開発よりは早いのですが、欧米のようにスピードアップはできませんでした。それは投資規模が約100倍近く違ったことが最大の理由です。
――日本で新薬やワクチンの開発のスピードが遅い理由の一つに、臨床試験に応募する人の数が少ないことが挙げられます。米国などではお金をもらって応募する制度もあるようですが、開発スピードを速めるための制度改革はできないのでしょうか。
この問題は以前から指摘されていることで、ワクチン開発の場合も第3相(フェーズ3)の臨床試験は日本ではなかなかできません。どういう改善点があるのか私も過去15年間、いろいろと努力してきましたが、この構造的な問題は一つのボタンを押したからと言って解決できる問題ではないというのが結論です。
日本の航空機産業が、部品は作れても飛行機は作れないのと同じですね。日本の医療分野は過剰な自信がある一方で、現状との乖離が大きくワクチン開発ができていません。サンプル的なワクチンを作ることは可能ですが、安全性の高いワクチンを大量に作るには、大きな組織とそれを実現するためのシステムが必要で、日本にはそれがないのです。
――新しいタイプのワクチン開発で、注射をせずに鼻から吸いこむ吸入型ワクチンが長崎大学で進められているようですが、こうした新しい手法についてどう思いますか。
いろいろなタイプが開発されるのは素晴らしいことで、研究者としては歓迎します。ワクチンは抗がん剤と違って、効けば良いというものではなく、通常の開発には、2年ではなく10年くらいの開発期間が必要になります。新型コロナのワクチン開発は世界中で行われていますが、いろいろな分野の研究者がこのワクチン開発に新規に参入して「破壊的イノベーション」が起きることを期待しています。
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