本記事は、BUSINESS LAWYERS「コロナ禍で事業停止したタクシー会社の対応に見る、整理解雇と大人数の退職勧奨のポイント」(向井 蘭弁護士/2020年5月8日掲載)を、ITmedia ビジネスオンライン編集部で一部編集の上、転載したものです。
売上が大幅に落ち込んだことを理由にあるタクシー会社が運転手約600人に対し事業の停止を発表しました(※1)。
発表内容は以下の通りでした。
会社は、所属運転手約600人に対し、退職合意書を配布し、署名を求めたところ、数人を除く従業員が署名をしました。
ところが、その後、大々的に報道され、一部の従業員が労働組合に加入したり、集団で解雇無効の仮処分命令の申し立てを行う事態に発展しています。
2020年4月上旬、多くの新聞やメディアで「タクシー運転手600人を解雇」などの記事が載りました。新型コロナウイルス感染症拡大で国民の皆さんが不安に陥っている時期に、今後の雇用不安を象徴するかのようなニュースとして取り上げられました。
ですが実際は、タクシー会社は解雇ではなく退職勧奨を行ったのであり、多くの方は合意退職書にサインをしたようです。
解雇の場合は、厳しい解雇規制が適用されますが、退職勧奨については、厳しい規制はありません。そのため、解雇と退職勧奨を区別しなければなりません。
退職勧奨は、使用者が従業員に退職を促すことを意味します。つまり、使用者が一方的に当該従業員を辞めさせるのではなく、従業員がこれに応じた場合にはじめて労働契約が終了して退職することになるものを指します。
これに対して、解雇とは、使用者の一方的な意思によって従業員を退職させてしまうことを指します。そのため、当該従業員が退職しないという意思を示しても、その意思とは無関係に退職の効果が生じます。
使用者が労働者を解雇する場合には、当該解雇に「客観的に合理的な理由」があり「社会通念上相当」であると認められる必要があります。これらが認められない場合は解雇権を濫用(らんよう)したものとして当該解雇が無効となります(労働契約法16条)。そして、使用者の経営上の理由による解雇の場合には、労働者の落ち度によるものではないため、いわゆる「整理解雇」として解雇の有効性については通常の解雇の場合よりも厳格に判断されます。整理解雇の有効性については、以下の4つの観点から判断されます。
(1)人員削減の必要性(人員削減措置が経営上の十分な必要性に基づいているか)
(2)解雇回避の努力(すぐに解雇と判断するのではなく、解雇を回避するために合理的な経営上の努力を尽くしているか)
(3)人員選定の合理性(対象者を恣意的ではなく、客観的・合理的な基準で選定しているか)
(4)手続きの妥当性(労働者に対して、経営状況、人員選定基準、解雇時期、規模、方法等について説明、協議を行っているか)
具体的には、経営状況を踏まえ、以下の点を検討し、その検討結果について対象となる労働者に対して説明、協議をする必要があります。
また、新型コロナウイルス感染症の影響を受ける事業主に対する雇用調整助成金(経済上の理由により、事業活動の縮小を余儀なくされた事業主が、雇用の維持を図るための休業手当に要した費用を助成する制度)(※2)の特例措置の拡大等の雇用維持支援策や、資金繰り支援等の政府等からの支援策に関する検討の有無についても考慮したうえで、事業縮小・人員整理に踏み切るか否かの判断をすることも重要です。
整理解雇が有効になるための要件(要素)は極めて厳しく、実務上整理解雇が有効になる事例はまれです。仮に整理解雇が無効であると裁判所に判断された場合は、解雇時からその時点までの過去の賃金の支払い(バックペイ)を行わなければならず、かつ職場復帰をさせなければなりません。和解で退職解決ができても、整理解雇が無効であることを前提とした和解の場合は、「バックペイ+半年から1年分もしくはそれ以上の賃金」を上乗せして支払う場合もあります。
また、賃金仮払いの仮処分の申立てを行い、被保全権利の存在(実質的には解雇無効)と保全の必要性が認められれば、毎月一定額の賃金の仮払いが命じられます。整理解雇の場合は、集団で賃金仮払いの仮処分の申し立てを行うことが多く、仮処分命令が出れば仕事をしていないにもかかわらず毎月多額の現金を支払わなければならなくなります。
以上のように敗訴前提の和解に至れば多額の和解金を支払わないと解決できなくなるのです。
新型コロナウイルス感染症拡大の影響を受ける事業主に対する雇用調整助成金の特例措置の拡大等の雇用維持支援策や、資金繰り支援等の政府等からの支援策に関する検討の有無についても考慮したうえで、事業縮小・人員整理に踏み切るか否かの判断をすることも重要です。
実際に整理解雇を検討したいとの会社からの相談において、具体的に雇用調整助成金等を活用した場合の資金繰りを計算すると整理解雇の必要性がさほどない、少なくとも希望退職募集や退職勧奨により資金繰り難を回避できることがありました。
では、雇用調整助成金などによっても雇用維持が難しく、大人数の退職勧奨を行う場合には何に気を付けるべきでしょうか。
仮に従業員が退職勧奨に同意をして、退職合意書にサインをしたとしても、合意退職の効力が否定されることがあります。
従業員が退職合意書にサインをしたとしても、日本の労働法では労働者を保護するため、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも有効・無効を判断します(山梨県民信用組合事件(最高裁平成28年2月19日判決・裁判所Webサイト)等)。
要するに人間の心や気持ちを証明するのは難しいので、さまざまな関連事実から「労働者の自由な意思に基づいてなされたもの」かどうかを判断します。
では、大人数の退職勧奨において何に気を付けるべきでしょうか。
ポイントは「情報」「時間「金銭」です。
「情報」については、現在の会社の経営状態(売上、人件費、資金繰り等)を具体的にかつ事実にもとづいて説明したかが重要になります。曖昧もしくは事実に反する内容を説明した場合は、退職合意書にサインしたとしても「労働者の自由な意思に基づいてなされたもの」と判断されないと思います。
また、書面のみ交付するだけでなく、説明会や対面の説明もあれば良いですし、説明資料を渡したほうがより「労働者の自由な意思に基づいてなされたもの」と判断されやすいです。
「時間」については、説明を受けた後、どの程度検討する時間を与えたかが重要です。その場でサインをすることを求めたのか、一度家に持ち帰って検討してもらったのか、数日間考える時間を与えたのか否かは「労働者の自由な意思に基づいてなされたもの」かどうかの判断に影響を与えます。
「金銭」については、特別退職金や有給休暇の買い取りなどにより通常の退職金に追加して支払う場合があります。退職の際に支払う金銭が多かれば多いほど「労働者の自由な意思に基づいてなされたもの」と判断されやすいと思います。
一例をあげれば、リーマン・ショック後の減産を理由とした期間雇用の不更新同意の有効性が争われた本田技研工業事件(東京地裁平成24年2月17日判決・労経速2140号3頁)において、説明会における説明内容が具体的であったこと(「情報」)、従業員は説明会後に不更新合意が記載された契約書に署名し、かつ約20日後に退職届を出したこと(「時間」)、退職手続を整然と履行して会社から支給される慰労金および精算金を受領したことから(「金銭」)、不更新同意が有効であると判断しました。
この判例からも、「情報」「時間」「金銭」が重要なポイントであることが分かります。
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