マーケティング・シンカ論

知らないと損? 続々とビジネス活用が進む「行動経済学」の光と闇現場で使える行動経済学【前編】(2/5 ページ)

» 2021年08月19日 07時00分 公開
[吉村哲樹ITmedia]
※本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

全貌がつかみづらいワケ

 多くの企業が“ひそかに”行動経済学を取り入れる理由について、楠本氏は「企業が自ら『わが社は行動経済学のこの理論を採用しています!』と明らかにしてしまうと、消費者に身構えられてその効力が薄れてしまう恐れがあるため、企業側はあまり表に出したがりません」と説明する。

 現在、行動経済学を使ったマーケティングのコンサルティングやトレーニングに携わる楠本氏は、行動経済学のことを「人の心の隙を突くアプローチ」と表現する。

 人間の感情や心理は不安定であり、必ずしも一定の理論や原則に基づいて動くものではない。そのときどきの環境や文脈、あるいは気まぐれなどによって簡単にぶれたり揺れたりする。つまり「隙だらけ」なのである。こうした一見すると非論理的な消費者の行動は、これまでの経済学やマーケティング理論では説明するのが難しかった。

人間の感情や心理は、簡単にぶれたり揺れたりする(提供:ゲッティイメージズ)

 旧来のオーソドックスな経済学やマーケティング理論では、「人間は経済合理性に基づいて個人主義的に行動する」という前提に基づき、人の行動パターンを論理的に導き出していった。こうしたアプローチは、確かにかつては極めて有効であり、実際に多くの成果を上げてきた。しかし、今日の日本のような成熟し切った消費社会においては、徐々に有効性を失いつつあると楠本氏は指摘する。

 「消費者ニーズがまだ十分に満たされていなかった時代には、例えばリサーチを行ってニーズを特定するといった論理的なアプローチが有効でした。しかし現代のようにニーズが満たされ切っている世の中はそもそも前提条件が異なりますから、従来のように論理的にニーズを特定していくアプローチが有効だとは限りません」

 マーケティングの専門家の間では、行動経済学が注目を集める前から、従来型の論理的で画一的なマーケティング手法に行き詰まりを感じ始めていたという。既に教科書的なマーケティングセオリーが企業の間に行き渡った今日では、いくらこれを愚直に実践したとしても他社との差別化はもはや大して期待できない。

 「従来のマーケティング手法をこれ以上推し進めていっても、その先に待っているのは他社との同質化と、より過酷な競争です。私自身もこうした手詰まり状態を打破するための方法をさまざま模索していく中で、行動経済学に興味を持つようになりました」と楠本氏は話す。

 このように、従来の経済学やマーケティング手法の論理的なアプローチでは説明が難しくなってきた現代人の行動パターンを、心理学的なアプローチを取り入れることで解釈し直す試みが行動経済学だといえる。

 人はひょんなことがきっかけで商品・サービスに対するニーズが突然生まれたり、あるいは消えたりする。こうした一見すると捉えどころがない非論理的で不安定な人の行動を新たなアプローチを駆使して捉え直し、むしろそれを逆手に取って消費行動へと導いていく試みがすなわち「行動経済学的なマーケティングアプローチ」ということになる。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.