――「さくら」のMV制作から発売まで苦労も多かったのではないですか?
徹夜続きでほぼ寝ないで作った記憶があります。1日2時間ぐらいしか寝ていなかったかもしれません。
通常CDは、発売1カ月ほど前をめどにジャケットを作り、その前後に音源も完成するのですが、MVの撮影や制作はそこから始まるんです。楽曲が出来上がらないとMVは作れない。ですので、楽曲ができてから限られた間に、いかに早く作るか。ここが重要になります。
「さくら」の場合、2月16日が発売日だったのですが、1月に撮影し、出来上がりが1月の終わりから2月の頭でしたので、そんなに時間をかけられませんでした。
――そのような事情は一般にはあまり知られていませんね。以後の作品はどうだったのですが?
スケジュール的なことはどのアーティストにも当てはまる話しですが、ケツメイシの場合は、ストーリーもののMVの走りだったと思うので、以降もやはりストーリーもので作ることが多かったです。
例えば「旅人」(2006年)という曲では、俳優の岡田義徳さんが、彼女との別れや仕事との向き合い方を経て、自分を見直す旅に出るのがテーマでした。メンバーとの話し合いで、小説『世界の中心で、愛をさけぶ』(小学館)をヒントに、「じゃあエアーズロックに自分探しを」となれば、急きょそこからオーストラリアに行く企画を立てたりもしました。
2泊3日でオーストラリアに行って、撮影して帰ってくる。フライト、移動、宿泊、撮影などの工程をどう進めるか。そういうことを中心となってまとめていく仕事でした。撮って、帰って、戻ってからも、今度はお芝居のなかで帰ってきたシーンを撮るために関西空港を貸し切ったりと、いろいろなことをやりました。
――MVにはテーマ設定が重要な要素になるのですね。「さくら」のMVはどういうコンセプトだったのでしょうか?
まさに、切なく、淡いラブソングです。あの曲自体が過去の恋愛、大切に思っていた人と離れ離れになっても「あなたのことを思っています」というような歌詞でした。それをより具現化して可視化できるストーリーにしましょうというもので、基本的にはどのMVもそうなると思うのですが、歌詞の世界観に映像を乗せている形です。
――MV制作に際し、メンバーの意向もあったと思うのですが、キャスティングやストーリーに関して橋元さん自身にはどんな考えがあったのですか?
山口保幸監督や岡田さんと話し、脚本を頂いて、5分16秒の尺に、岡田さんの書いた恋愛ストーリーをはめ込んでもらう作業をしました。
例えば100シーンを撮って、その100シーンを入れこんでいく。岡田さんの脚本全てをその尺に詰めようとすると、曲をBGMとして可視化されたストーリーを見ていく感じになってしまいます。画に見入ってしまい、本来あった曲の思いが伝わってこない。
実際、メンバーが見た時に、「映像作品としてはすごく良いけど、自分たちの歌が全然入ってこない」と言われて、そうか、そうだよなと思いました。
特にサビではないAメロやBメロ部分。サビに入る導線として、MV側からするとたくさんのストーリーを入れたくなってしまうのですが、ここの歌割りを担っているメンバーのパートがある。そこにシーンを詰め込むことによって、そのパートの歌詞が死んでしまう。そのバランスを考えて結局、撮ったシーンから実際に使ったのは半分ぐらいだったと記憶しています。
――やはり多くの人に訴えかけるために重要なのは、「思い切って捨てる」ことなんですね。コンセプトの輪郭をはっきりさせる意味で。
そうですね。そういうことを毎回やっていました。脚本家の立場になれば、なるべく入れたほうが良いだろうし、監督としてもストーリーがつながらなくってしまうとなります。でも、実は話しなんかつながらなくてもいい。結局は歌の世界観が全てなので、ドラマのストーリーは途中の部分がなくたって見る人には関係がないんです。画にないところは、皆さんの心の中の引き出しで想像すれば良いわけで。それを気付かせてくれたのがケツメイシであり、この作品でしたね。
――今でこそMVでストーリーを見せていく考え方は当たり前ですが、当時は、そこまで一般的ではなかったのですね。
ケツメイシがこうしたストーリーMVの走りだったと思っています。本人たちのクリエイティブ力も秀逸で、MVへの企画力やキャストの希望など、いつでも明確でした。
――「自分たちの歌がちゃんと入ってこない」というフィードバックも適切でしたね。「ケツメイシ」のメンバーは医療関係者でしたね。
メンバー2人は薬学部出身で薬剤師でしたね。そういう意味でも丁寧でしっかりしていました。「ケツメイシ」というグループ名も決明子(けつめいし)という生薬の名前に由来しています。昔から下剤として利用されていることから、アーティストとして「全てを出し切る」という意味から付けたと聞いています。
――メンバーのバックグラウンド、グループ名と興味深いですね。しかし、そのような仕事をしている2010年、コンサートなどをマネジメントする部署への異動になります。どう思いましたか?
いや、びっくりしましたね。やりたくないというわけではなく、自分にとって未知の世界でした。音楽業界は何でもひとくくりにされがちなのですが、いわゆるマネジメントがやっていることと、レコード会社がやることは大きく違う仕事なのです。
当時の私の認識は、マネジメントの仕事は、タレントを管理し、コンサートをやり、グッズを作り、ファンクラブを作って、その収益を得るビジネス。一方、レコード会社の仕事は、CDを作り、宣伝をし、いわゆる音を売る仕事でした。そのため、コンサートの世界は近くて遠い世界でした。
――近くて遠い。音楽業界でマネジメントとレコード会社の業務はあまりつながっていないのですね。
いまでは、その辺りはシームレスになってきてはいますが、当時は役割分担されていることが多かったですね。アーティストのコンサートがあれば、私は当然足を運びますし、そのコンサートのチームとも連携はしています。ですが、一緒に何かを作っていくことはほとんどありませんでした。例えば、どういう衣装が良いか、誰に作ってもらえばいいかという仕事は担当する一方、コンサート全体がどう作られているかは、あまり興味もありませんでしたし、そもそも知る必要もありませんでした。
コンサートには、コンサートを制作する会社があって、その人たちがツアーのスケジュールを組んだり、コンサートの中身を作ったりしているので、やっていることは近しくても異なる世界の人たちだったんです。その世界に行ってこいと言うのが、この異動でした。本当に何も分かっていないというか、内科医が外科に行って手術することくらいに違う。そういう感じがしていました。
――同じ病院で働くけど、診療科が違うという感じですか?
そうですね。病院の中で内科のプロでも、急に外科に行けと言われて、何も分からない人に変わってしまう感じでした。今までの経験値ではないところから始めなければいけない。40歳を過ぎて、リセット状態で一からスタートを切ることには不安しかありませんでした。
以上が橋元さんへのインタビュー内容だ。絢香さん、ケツメイシ、山崎まさよしさんなどのアーティストを担当し、ビジュアルプロデューサーとして、数多くのヒット曲にも関わってきた橋元さん。次回は、順風満帆と思われた17年に及ぶビジュアルプロデューサーの仕事から、全く予期しない、畑違いの部門への異動、40歳を超えてゼロから挑戦した経験についてお届けする。
柳澤 昭浩(やなぎさわ あきひろ)
18年間の外資系製薬会社勤務後、2007年1月より10期10年間に渡りNPO法人キャンサーネットジャパン理事(事務局長は8期)を務める。科学的根拠に基づくがん医療、がん疾患啓発に取り組む。2015年4月からは、メディカル・モバイル・コミュニケーションズ合同会社の代表社員として、がん情報サイト「オンコロ」コンテンツ・マネージャーなど多くの企業、学会などのアドバイザーなど、がん医療に関わる様々なステークホルダーと連携プログラムを進める。「エンタメ×がん医療啓発」を目的とする樋口宗孝がん研究基金、Remember Girl’s Power !! などの代表。
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