「“ほめちぎる教習所”として話題になったとき、多くのメディアに取り上げていただきました。その際、『自動車学校で褒めてばかりでどうする?』『甘やかして運転技術が磨かれず、事故が起きたらどう責任を取るのか』というご意見は、やはり多かったですね。『だから名古屋の運転は荒いんだ』なんて怒られたりして。伊勢市は、名古屋からは遠いんですけどね……」。八田さんは当時を回想し、こう続ける。
「あるテレビ番組で、芸人さんがズバリ言ったんです。『褒めちぎって有名になっても、安全運転を教えて事故を減らすという、自動車学校の本分を果たせていないなら意味がない』。厳しいコメントですが、確かにその通りだと思いました。有名になって生徒数は増えた、生徒と教官の関係も良い。でも卒業後の事故が多かったら? それじゃ意味ないやん。自分たちのやり方が正しいのか、不安に思ったこともありました」
しかし、“ほめちぎる教習所”としてスタートを切ってから、効果は数字となって表れ始めた。13年時は1.76%だった卒業生の事故率は、20年時には0.40%までダウンし、検定合格率は82%→91%に上昇した。不安は自信に変わり、成果が出てくると同時にクレームも年々なくなっていったという。
ところで、13年に方針を変えた際、教官は今までの指導方法をガラリと変える必要があったはずだが、反発はなかったのだろうか?
「僕自身は当時、叱る指導に限界を感じていたタイミングだったので渡りに船でしたが、50〜60代のベテラン勢から『なんでや?』という声はありました。でも数年にわたって見ていると、結局ベテラン勢の方が褒めるのがうまいんですよね。
何十年と指導をしてきたわけですから、どこを褒めるべきかは一番分かっている。意識していなかっただけで、潜在的に褒める技術を持っていたんだなと感じました。だから、抵抗がなくなればその技術をいかんなく発揮できるわけです」
そんなベテラン勢の“褒める抵抗感”を払拭(ふっしょく)したのが、卒業式だ。通常、自動車学校の卒業式といえば、書類の確認のみで事務的に終了――というのが一般的。しかし南部自動車学校では、ほとんどの生徒が涙を流して別れを惜しむという。教官たちは、それを見て生徒との間に信頼関係を築けていたことに気付き、次回指導へのモチベーションにつながる。
教え子の卒業式と休みが重なってしまった際は、「ちょっと買い物のついでに」などと言いながらわざわざ足を運ぶ教官も多い。これは「今までならあり得なかった」(八田さん)光景だ。
南部自動車学校の卒業式は、ちょっと特殊。教官からのサプライズビデオレターや、こっそり頼んでおいた親からの手紙も用意する。これも全て、事故を起こした際、悲しむ人がどれだけいるかを伝え、卒業生の安全運転につなげるための演出だという教習中に生徒と教官が口論となり、お互い車を降りたと思ったら真逆に歩き出して喧嘩別れ。教官は「あの生徒はあかん!」と怒り、生徒はそのまま登校拒否――なんてこともあったという南部自動車学校。しかし、約8年かけ褒める指導を確立したことで環境はガラリと変わった。
ギスギスしがちだった職場の雰囲気も改善され、従業員同士の会話が増えた。生徒も教官もお互いに良いところを見つけるクセがつき、好循環が生まれている。
八田さんは、「一番重要なのは信頼関係を築くことであり、“褒め言葉”はそのためのツール」だと言う。同じような注意をしているのに、上司Aの言うことは聞かず、上司Bの言うことは聞く――というのはよくあることだ。上司Aに対して不信感があるのか、興味がないのか、それは部下にしか分からないが、少なくとも自分の良い部分を率先して発見し、認めてくれるかどうかは、上司と部下の間にある壁を取り払うきっかけになり得るだろう。
南部自動車学校では、今も教官がそれぞれ自分流の褒め方、そして効果があったかなかったかを日々研究しながら、マニュアルを更新し続け朝会で発表しているという。一般企業でも、マネジメント職についている者同士で、情報共有しながら、“褒めちぎり育成”を試してみるのはどうだろうか。
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