マーケティング・シンカ論

でんぱ組.inc、虹コンの生みの親 もふくちゃんが貫き通したブルーオーシャン戦略秋葉原×ファッションで勝負(1/2 ページ)

» 2022年03月17日 05時00分 公開
[柳澤昭浩ITmedia]

 「生きる場所なんてどこにもなかった」「マイナスからのスタート、舐めんな!」――。

 YouTubeで800万回近い再生回数を記録しているアイドルグループ「でんぱ組.inc」の楽曲「W.W.D」の一節だ。同グループが結成されたのは10年以上前のことだ。当時、誰もが思い浮かべるアイドルのイメージの枠を超えた斬新な発想で多くのファンの心を捉えた。

でんぱ組.incの「W.W.D」(Amazonより)

 「でんぱ組.inc」はその後、秋葉原、アイドル、アート領域にも少なからぬ影響を与えた。男性だけでなく、女性のファンも多く獲得していったのだ。

 「でんぱ組.inc」に続き、異なるコンセプトのアイドルグループ「虹のコンキスタドール」もプロデュースしているのが「もふくちゃん」ことディアステージ(東京・新宿)所属の音楽プロデューサー福嶋麻衣子さんだ。2014年には「でんぱ組.inc」を日本武道館のステージに上げた。3月26日からZeppツアーも始まる。さらに4月16日・17日には、「虹のコンキスタドール」でも日本武道館公演を2days開催予定だ。

 インタビュー前編では、ライブ&バー「秋葉原ディアステージ」の立ち上げから、「でんぱ組.inc」を生み出すに至った経緯を聞いた。中編では「でんぱ組.inc」と「虹のコンキスタドール」をどのように生み出し、マネジメントしてきたかを聞く。

福嶋麻衣子(ふくしま・まいこ)東京都出身。音楽プロデューサー/クリエイティブディレクター。テキトーカンパニー代表。東京藝術大学音楽学部卒業後、ライブ&バー「秋葉原ディアステージ」、アニソンDJバー「秋葉原MOGRA」の立ち上げに携わり、でんぱ組.incやわーすた、虹のコンキスタドールなどをはじめとして多くのアーティストのプロデュースを手掛ける。「もふくちゃん」の通り名を持つ(撮影:KAZAN YAMAMOTO)

日本人の得意なジャンルで勝負する

――2011年3月11日の震災直前に、でんぱ組.incがトイズファクトリーの社長とメジャーデビュー契約を結んだところまでを前編で聞きました。秋葉原のアイドルカルチャーをもとにしながらも、アートやファッション面などで斬新な要素を取り入れながら活動してきましたね。

 秋葉原には面白い文化があると感じていました。「ゆず」のアートワークを担当していた村上隆さんが秋葉原のカルチャーに興味を持って活動していたこともあり、ゆずの所属先であるトイズファクトリーの社長も興味を持ち始めていました。アイドルとアートの融合はそれまでにない取り組みで、「何か新しいサブカルチャーが生まれそうだ」と多くの方が反応してくれました。

 そんな中、「東京コレクション」に「でんぱ組.inc」のメンバーが出演することになりました。それまで同イベントにアイドルが出演したことはなく前代未聞なことでした。「アイドルはダサい」とも言われていて、ファッションからは遠い存在でした。そのあたりから、急に価値観の変化が起こったイメージです。

――福嶋さんが学生の時に勉強したアートの要素をアイドルの世界にもってきたのですね。

 そうだと思います。藝大時代の知り合いに見せたり聞かせたりして、面白いと思うことに取り組んでいましたね。

 日本の文化を意識したのは海外留学がきっかけだと思います。中学の頃から、海外の文化に憧れていて、短期留学を含めロンドン、ニューヨークにはよく行っていました。

 海外に行くと「日本人」というだけで差別される経験もしました。日本人としてのアイデンティティーを考えさせられましたね。そんな中「どうやったらアート界隈で、日本が戦えるんだろう」「どうやったら日本人の音楽が聴かれるんだろう」と、勝手に「1人クールジャパン大会」みたいなことを考えていました。

 大学時代に海外では、その後「でんぱ組.inc」もコラボする灰野敬二さんなどジャパノイズがかっこいいとされていました。

――海外に日本文化をどうすれば発信できるかに腐心していたのですね。

 どうやったら日本の作品が、海外のCD店の棚に乗るかを考えていました。今はK-POPが世界レベルになっていますが、当時J-POPは海外での知名度も低かった一方、「ノイズ」というジャンルだけは日本人アーティストで占拠されていました。「このジャンルでは日本人が強いんだな」と海外で目の当たりにしました。日本人の得意なジャンルの音楽で勝負しないと棚には乗らないと思いましたね。

市場として伸びていくジャンルと確信した

――海外留学の経験がその後のプロデューサーとしての見識に生きたんですね。「でんぱ組.inc」はどこで勝負しようと思ったのですか。

 その意味でいうと、やっぱりアニソンだったんです。海外の人もみんなアニソンは好きで、大きな需要がある。これが「でんぱ組.inc」のアイデアにつながりました。いわゆるアニソンと秋葉原を融合した「電波ソング」という日本チックなジャンルを確立できれば、将来的には海外の棚に乗るかもと思ったのです。

――全て福嶋さんが実際に海外で体験したことがプロデュースの基盤にあるのですね。

 そうです。海外から日本、秋葉原を俯瞰的に見ることができました。その視点でみると、秋葉原はめちゃくちゃ魅力的で面白い。海外の人に、秋葉原の文化を、どうやって翻訳し、どうやって面白みを伝え、どう戦うかを考えました。

 秋葉原の熱量、そこに集まっている人のピュアな感じ。社会人生活の初めに、一部の富裕層に支えられているアート界隈にいたこともあって、よりピュアに感じたのかもしれません(笑)。

 当時の秋葉原のお客さんには、消費の仕方、され方に純粋さがありました。見返りを求めず推しを推すって、ピュアで尊い行為だと思いました。

 アートにはどこか作品そのものとは無関係な、ずるい目線も入っている場合も少なくありませんでした。「この作品を買った俺ってかっこいいって言われるかな」「将来お金になるかな」と考える人がいたとすれば、その消費の動機は少し不純にも思えます。

――アートを自分のブランディングのために使っている人も少なくありませんね。

 投資だったり、ブランディングだったり、節税だったり……高級車や高級時計をステータスのために買うのとどこか似ていて、心の底からアートを好きで買っている人は多くないと思われることもありました。実際にアート作品を買う人の中には、そのアートに全く興味を持たない方もいらっしゃいました。前職の仕事で販売した作品を納品する時に、作品や作家の説明をしようとしても、「あー、そこ置いといて」とだけ言われたこともあります。

 それに比べて、秋葉原でチェキ(※)を買う人たちのキラキラした目をみると「ほんとにこの1枚が欲しいんだ」と思いました。アートを買う人との大きな違いを感じましたね。絵画のオンリーワンと、チェキのオンリーワンって、実は一緒なんですよ。世界に同じものがない作品1点、1枚を買う行為そのものに価値があるんですね。

(※)チェキ:ここでは、アイドルのライブ会場などで撮影する推しのインスタント写真、あるいは推しとのツーショットインスタント写真などを指す

――金額としては高価なアート作品には及ばなくても、その作品1枚にかける熱量はチェキでも変わらないということですね。

 両者で金額は全く違い、別物ではあるけれど、推しを応援するファンの気持ちは尊い。秋葉原でファンの消費行動を目の前にした時、誰かを応援したい気持ちや、応援した証をコレクションしたい気持ちは唯一無二なのだと痛感しました。その消費行動は絶対にステキなものであり、市場として今後は伸びていくジャンルだと確信しました。

前職で美術ギャラリーに就職。アートを買う富裕層の姿を見続けてきた(写真提供:ゲッティイメージズ)
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