実は「紙」じゃなかった! 書き心地“半端ない”「投票用紙」の正体と開発秘話誕生から35年(3/4 ページ)

» 2022年07月10日 06時30分 公開
[樋口隆充ITmedia]

逆転の発想で「折れにくい」を「開きやすい」に

 そんな苦境を一変させたのが、ユポの投票用紙への採用だ。取引先だったムサシが、ユポが持つ、折れにくい特性に着目。投票用紙への活用を提案した。当時、投票用紙は紙で、開票時、用紙を開く作業に時間を要していた。

 それは開票作業の遅れにもつながり、作業が深夜や明け方にまで及ぶ要因になっていた。作業の長期化は開票作業を担当する自治体にとって、「深夜手当」など職員の人件費にも影響が出るため、各選挙管理委員会も作業効率化を模索していた。そこでユポの折れにくいという特性を、逆に「開きやすい」という発想に転換したのだ。

photo ムサシが販売するユポ製の「テラック投票用紙BPコート110」(出典:ムサシ公式Webサイト

 ユポを投票用紙に採用するに当たっては、表面に付着させる粒子のサイズなどを調整し、紙同等の書き心地を実現できるよう試行錯誤を繰り返した。また、投票用紙表面の摩擦係数を表と裏で変え、ムサシ製の選挙機器が正しく票数を計測できるよう工夫も施した。鹿野部長によると「投票用紙を手で触ると表と裏で感触が異なる」という。

 数年の開発期間を重ねて完成した投票用紙用のユポは、1986年12月の福岡市長選を皮切りに、ムサシなどのバックアップもあり、国政選挙や全国の首長選での導入が進んだ。2010年には、都道府県別で最後まで紙の投票用紙を採用していた沖縄県もユポ製に切り替え、全都道府県を制覇した。

 「村など一部の自治体は費用対効果などの関係で紙を使っているが、日本国内のほとんどの自治体は、ユポ製を採用している」と鹿野部長。今では当たり前となった「即日開票」は、企業のたゆまぬ努力によって実現されたものだった。

投票用紙の「色」、実は自治体判断

 ただ、課題もある。導入自治体が増えるにつれて、求められる生産数も増加。競合が撤退し、投票用紙の生産能力を持つ企業が、事実上ユポ・コーポレーションのみとなり、同社に注文が集中するのだ。

 選挙は、参院選のように実施時期が決まっているものだけでない。憲法で「衆議院の解散から40日以内の実施」と決められている総選挙のように、実施時期が不明でかつ、一度に大量の投票用紙が必要な選挙もある。

 憲法改正発議に伴う、初の「国民投票」実施の可能性も高まっている。このため「日程確定後に生産しても確実に間に合わない。参院選のような大規模選挙が終わる度に、生産数を増やし、新たな在庫を増やす必要がある」(鹿野部長)という。

 生産数だけでなく、同社は投票用紙の「色」の行方も注視している。現在、ユポ製投票用紙には計6色のラインアップがある。近年の国政選挙では、使用する色が固定化されつつある一方で、地方選挙では投票用紙の色に関する統一ルールがない。

 このため、前回選挙から変更される可能性があることから、ムサシと協力の下、選挙が近い自治体を中心に地道なヒアリング調査を実施。前回選挙で使用した投票用紙の色とともに、次回選挙での意向を確認している。

photo 計6色の投票用紙を手掛ける(出典:ムサシ公式Webサイト)

 同社は「どの色が採用されてもいいような在庫量は常に確保している」(鹿野部長)と強調しているが、ウクライナ戦争などであらゆる原材料価格が高騰している中、必要な在庫量が不透明で、余分な在庫が増えれば、その分、倉庫代など管理コストも増える。企業側の負担を減らすためにも、今後は、地方選挙でも投票用紙に使用する色を統一する動きがあってもいいかもしれない。

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