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ショートカットキーは時短じゃない?! UIデザインにおける「無駄発想」のススメ令和の無駄学

» 2024年12月27日 09時21分 公開

永井大地(北海道博報堂/ヒット習慣メーカーズ)


連載:令和の無駄学〜僕らにはもっと無駄が必要だ〜

合理的で効率化が求められる社会。どんどん便利になる社会。何不自由なく生きられる社会。しかし、それと逆行するように人々の幸福度は下がっている。

もっと豊かで人間らしい暮らしを得るには、時間的な余白や、一見どうでもいいような機能、生活必需品ではないものの購入など、いうなれば「無駄」が必要なのである。無駄こそ心にゆとりをもたらし、無駄こそ周囲へのやさしさにつながる。真の豊かさを求める上での最強の武器である「無駄」について、社会を解剖していく。

 世の中が加速度的に便利になる中で、効率は良くなったものの面白さが失われてしまった。だからこそ、今の時代には「無駄」が必要なのである! そんな考えのもと始まった本連載。連載のラストを飾る11回目のテーマは「GOODなUXのための無駄UI」です。

 「UX(ユーザー体験)」という言葉を耳にすると、皆さんはどのようなイメージを抱きますか?

 UXやUI(ユーザーインターフェース)は今やビジネスの現場でも広く知られる概念となりました。デジタル領域では、膨大な情報を整理して効率よく提供することが求められるため、煩雑さを排除したシンプルで直感的なデザインが理想とされています。

 しかし、「無駄を省く」ことが必ずしも最高のUXを生むわけではありません。一見すると不要に思えるデザインや仕掛けが、ユーザーの感情に働きかけ、満足感や愛着を生み出す場合もあるのです。今回の記事では、その具体例を交えながら「無駄なUI」の魅力を探っていきます。

ショートカットキーは時短じゃない?! 「無駄UI」の成功事例

 ある海外の空港では、「預けた荷物を受け取るまでの時間が長すぎる」というクレームが相次いでいました。空港側は当初、担当スタッフを増員することで待ち時間を8分短縮。しかし、それでもクレームは減らなかっといいます。

 そこで次に試みたのが、荷物受取所をわざと遠くに配置し、利用者に長い距離を歩かせるという解決策。一見すると逆効果のようですが、結果的にクレームは激減したそうです。歩いている間に待ち時間への不満が薄れ、体感的なストレスが大幅に軽減されたのです(※1)。

※1:早川書房 ダン・アリエリー著『予想どおりに不合理: 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」』

荷物受取所をわざと遠くに配置したらクレーム減(写真はイメージ、ゲッティイメージズ)

 この事例は「UIの改悪によりUXを改善させた事例」として語り継がれています。類似するアイデアは、デジタルUIでも見られます。その代表が、Webサイトやアプリで頻繁に目にする「進捗インジケーター」です。読み込み中の「ぐるぐる回るアイコン」や進捗バーは、実際の処理速度には関係ないものの、なんだか「待たされている」感覚を和らげていますよね。エレベーター前に鏡やデジタルサイネージ(動画広告)を設置することで待ち時間のストレスを和らげる手法も、同じ心理に基づいています。

 これらはいずれもユーザーの体感時間を短くしてストレスを軽減している、いわば人間の時間感覚をコントロールしているわけです。UX/UIの世界で感覚的な時間が注視されている理由には、人間の時間感覚が極めて曖昧(あいまい)だということがあります。

 それを裏付けるように「PCのショートカットキーは、マウス利用より遅い」というにわかに信じがたい実験結果があります。「CTRL+X」でカット、「CTRL+V」でペーストのように、PCに慣れたユーザーが使うイメージがあるショートカットキーですが、実際にはマウスでメニューから「編集」「ペースト」を選ぶよりも平均2秒も遅いという結果が明らかになっています。実験に参加したユーザーは「キーボード操作のほうが速かった」と感じていたそうですが、計測結果を見ると常にショートカットキーよりもマウス操作の方が早く、いくら実験してもこの結果は変わらなかったそうです。

(写真はイメージ、ゲッティイメージズより)

 とある考察によると「ショートカットキーの利用には高次レベルの思考が必要になっており、そのときユーザーは一時的な記憶喪失状態になっているため、短い時間で操作したように錯覚している」といいます(※2)。改めて考えてみても信じがたい実験内容ではありますが、それほど人間の時間感覚はあてにならないということ。無駄なUIの有用性を物語っています。

※2:光文社新書 増井俊之著『スマホに満足してますか? ユーザインタフェースの心理学』

「ごちゃごちゃ陳列」はなぜ効果的か

 無駄UIが機能している事例としてもう一つ取り上げたいのが、老舗のリサイクルショップやバラエティに富んだ雑貨屋などの、ごちゃごちゃとした特有の陳列方法です。入口には売り出しの商品が所狭しと並び、天井近くまで積み上がった、まるでジャングルのように並ぶ陳列方法。実は「圧縮付加法」という名前があり、店舗の賑わいを作るために一役買っているのです。

 一般的な「見やすく買いやすい」陳列法とは正反対で、通路が狭く、積み上げられた商品……。まるで宝探しのような感覚を覚えるこの陳列方法のお店に入ると、その煩雑さがユーザーの購買意欲を刺激し、「思わず買っちゃった」「なんか買わないと気がすまない」なんて人も多いかと思います。お店にある商品数とスタッフの数は変えず、売場面積をぎゅっと圧縮することで、商品密度の高い店を作り、ボリューム感とアイテム密度を高める。これによって、私たちはあの手の店舗でついつい商品を買ってしまうのです。小売店舗の店作りでは「見やすく、取りやすく、買いやすく」が基本と想像しがちですが、あえてごちゃつかせる逆張りの見せ方で、購買意欲を刺激することもあるのです。

(写真はイメージ、iStockより)

 他にも、「煩雑さ」がUI上で機能している事例に「ECモール」があります。ECモールのTOP画面には、よく売れ筋の商品やキャンペーン情報、バナー広告、特集ページのサムネイルが所狭しと並んでいます。あのやや煩雑に見えるデザインは、実はユーザーに「選ぶ楽しさ」を提供しています。

 煩雑なことで購買体験の「予測不可能性」を演出すると、ユーザーは幸せホルモンの一つ「ドーパミン」を分泌すると考えられています。新聞の折込チラシなどで、商品情報が一貫性なくごちゃごちゃと並んでいるデザインが多いのも、煩雑さによる効果を見込んだものだと考えられます。

 効率化の視点だけでECサイトの画面を設計すると、ユーザーの目的をすぐ満たすことを優先してスッキリとしたデザインを考えてしまいがちです。しかし、商品イメージ画像やバナーなどの情報量が溢れかえる一見無駄に思えるUIの方が、時には購買につながる可能性があるのです。

UIデザインにおける無駄発想のススメ

 ここまで「GOODなUXのための、あえての無駄UI」を紹介してきましたが、実際にサービス設計で「あえての無駄」を効果的に活用するためには、どのような視点が必要なのでしょうか。

 それは、短所を長所と捉え直す柔軟な思考。具体的には、人間の知覚能力や認識能力が高くないことを利用する、サービス側でいえば、短所をうまくごまかす発想法なのではないでしょうか。

 冒頭で紹介した空港と進捗インジゲーターの事例では、人間の時間感覚が曖昧であることを逆手に取り、「実際の時間」ではなく「体感の時間」を課題として焦点を当てた設計が功を奏しました。また、圧縮陳列や煩雑なECモールのデザインがユーザーに愛され続ける購買体験になっているのも、情報過多で処理しきれないことが、結果として予測不能な新鮮な体験に昇華させている点にあるかと思います。

 効率性や合理性だけをロジカルに追求するだけでは、これらのサービスはきっと生まれなかったことでしょう。そして、そのための思考アプローチで共通しているのは、画期的なアイデアを出すこと目指すのではなく、画期的な目の付け所を探るということではないでしょうか。ただ顧客からの要望や不満などに忠実に応えるだけでなく、行動をよく観察することで、潜在的な「なくてもいいけど、あったらいいかも」に気付けるのだと思います。

 効率化や合理性が重視される現代社会において、あえて「無駄」を取り入れる。一見リスクがあるように思えますが、それがユーザーの感情や行動にプラスの影響を与えるとしたら、その「無駄」は単なる装飾ではなく、むしろ価値ある要素として再評価されるべきでしょう。

 UX改善を検討する際には、効率性や合理性だけでなく、「楽しい無駄」や「心地よい非効率」を取り入れる視点を持ってみてはいかがでしょうか?

著者紹介:永井大地

株式会社北海道博報堂 統合プラニング局

クリエイティブストラテジスト/ヒット習慣メーカーズ

2018年 北海道博報堂に入社し、マーケターとしてキャリアをスタート。2020年から2024年まで、博報堂への出向・複属を機に、クリエイティブ職へ。戦略からクリエイティブまで一貫したプランニング・ディレクションを担当。夢は多拠点居住。最近のマイブームは、すだちサワーとサバサンド。

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