いとう: 結局、僕はRPGが生んだ新しいコミュニケーションを、どうしても書きたいと思って、『ノーライフキング』という小説を書いたんです。同じようなことを(民俗学者の)柳田國男も書いています。柳田は「子どもがやっている遊びというものが、突然海を越えて同じことをやっている例があるんだ」っていう不思議なことを書いていて。「子どもには、そういう謎のネットワークがあるんじゃないか」というようなことを言っているんです。
鳥嶋: それは、すごくよく分かる。普遍性があるんですよね。
いとう: そうです。面白がることには(国境を越えた)普遍性があるんですよね。何か時代と共に同じものがある。それが書きたかったし、知ってほしくて書いたんです。2週間ぐらいで、わあって書いちゃったんですよ。
鳥嶋: 2週間で書いたんですか!?(笑)
いとう: とりつかれたように書いちゃったんです。けど編集者に見せたら、ずっと「わけが分からない」と言われて。半年か一年、出せなかったんですよね。
鳥嶋: そのわけが分からないと言われたものを出版できたきっかけは、出版社を変えたんですか?
いとう: (コラムニストの)中森明夫という人が「出版社を変えるぞと、言ったほうがいいんじゃないか?」と、バックアップしてくれて(笑)。
鳥嶋: (サブカルチャー総合ミニコミ誌)『東京おとなクラブ』の。
いとう: そうです。彼が『ノーライフキング』を読んで、評価してくれていたんですね。彼らが編集者に「これはもうすごい小説だから。時代の先に行っているから絶対いま出したほうがいい」と言ってくれて。それで、半信半疑で新潮社が出したんです。そうしたら、ちょうど『ドラクエ』で人が並ぶような時期が来ていて。
鳥嶋: 逆に遅れたことが幸いになったんですね(笑)。
いとう: そうなんです! さすが鳥嶋さん! そうです。僕はラッキーだったんです。それでスマッシュヒットになったという。面白いですよね。そのタイミングでは出してはいけない創作物というのが、やっぱりあるんですね。
鳥嶋: 早過ぎることもあるんです。(【マシリト×いとうせいこう】が語る極上の編集者論 「今はちょうど端境期」で話した)内田さんじゃないけれど。
いとう: 早過ぎちゃだめですよね。ここの勘所は、僕はまだ分からないんです。多分、鳥嶋さんは、その勘所をものすごく良く分かっていますよね。「今はただ書かせておけ」「ためさせておけ」って。それで「今だ」っていう時に出す。何が「今だ」というタイミングを決めるんですか?
鳥嶋: 編集者は、読者の需要や熱を見ています。僕はよく言うんです。作家が書きたいものを単に書かせているだけでは、伝わらないんだと。食べやすいように、つまり伝わりやすいようにしなきゃいけない。カルピスは原液じゃ、誰も飲みませんよね? でも水で薄めたり炭酸で割ったりすれば飲みやすい。これが、編集者の作業なんですよ。
いとう: なるほど! カルピスソーダだったんですね。
鳥嶋: だからちょうど時間が経ったことによって、原液がうまく薄まったんですね、きっと。
いとう: そういう場合があるんですよね。確かに、そうなんです。だからその勘所に関して僕は、編集者としての自分と、作家として書く自分がいるから、ちょっと見えなくなっちゃうときがあるんですよ。
鳥嶋: でしょうね。
いとう: そうなんです。書き終わると、すぐ出したくなっちゃうタイプだから、すぐ出しちゃうんですけど、本当は編集者としての自分が、それを抑えなきゃいけないんですよね。
鳥嶋: でもね、それはどんな作家でも無理だと思います。
いとう: そうですか。やっぱり見せたくなっちゃうものなんですかね。
鳥嶋: 優秀な編集者を自分の中に内蔵している作家は、いとうさん以外にも何人かいらっしゃるんです。だけど、この2つの面を都合よく使い分けるのは、ほぼ無理だと思います。得てして優秀な編集者は、押さえる側に回ったり、厳しくチェックしたりして、最後まで完成させない方向に動きますから。
いとう: なるほど。完成させないことによって、時間を豊かにする、ということですね。煮るみたいな。なるほど。両方を使い分けるのは無理なんですね。
【マシリト×いとうせいこう】が語る極上の編集者論 「今はちょうど端境期」
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