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学問の「壁」を壊し、視野の広い人材を 東大総長に聞く「70年ぶり新学部」の狙い

» 2026年03月19日 07時00分 公開

 東京大学(以下、東大)が約70年ぶりの新学部「UTokyo College of Design」(カレッジ・オブ・デザイン)を、2027年9月に新設する。入学時期はグローバル標準の9月入学を中心とし、授業は原則として全て英語で実施。選抜も筆記試験による一般入試ではなく、欧米の大学のような提出書類・資料と、面接を軸にした総合評価で実施するという。

 カレッジ・オブ・デザインが目指すのは、社会課題に取り組み、世界に影響を与えるリーダーの育成だ。東大が持つ幅広い学術知に、デザインの力を掛け合わせ、その実現に取り組む。

 この学部名にある「デザイン」とは、単なる造形や美術の領域にとどまらず、社会構造や制度、都市環境、テクノロジーの活用など、多様な分野を横断した未来構想を指す。定員100人の約半分は、世界共通の大学入学資格を得るための教育プログラム「国際バカロレア」や米国版の大学入学共通テスト「SAT」などの海外統一入試に対応させ、世界中から留学生を集める構えだ。東京藝術大学(東京芸大)や企業とも積極的に連携し、カリキュラムに長期インターンシップも組み込む。

 東大は、政府が創設した10兆円規模の「大学ファンド」の支援対象である国際卓越研究大学(卓越大)への認定を目指している。卓越大に認定された場合、ファンドの運用益から年間数百億円規模の助成を最長25年間、受けることができ、世界トップレベルの研究力を目指すための原動力となる。そこで東大は、量子科学などの幅広い先端分野を扱う「ディープテック学部」と、コンピュータ科学を専門とする「コンピューティング学部」を新設する構想も掲げている。

 こうした背景にあるのは、既存の学問の枠組みが人材の視野を狭め、イノベーションを阻む壁になっていないか、という危機感だ。藤井輝夫総長は、専門性の境界をあえて取り払い、入り混じった状態で課題に向き合う「柔軟な人材」を育成しようとしている。新学部の設立は、その思想を具現化する試みだ。

 なぜ今、学問の「壁」を壊す必要があるのか。変化の激しい時代に求められる才能の育て方とは? 藤井総長に聞いた。

藤井輝夫 東京大学総長。1993年、東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。同生産技術研究所や理化学研究所での勤務を経て、2007年東京大学生産技術研究所教授、2015年同所長。2018年に東京大学大学執行役・副学長。2021年から第31代総長。1964年生まれ。(以下撮影:河嶌太郎)

アートと工学の境界を外す 東大が目指す「越境する才能」の育成

――2027年開学予定の新学部「カレッジ・オブ・デザイン」について伺います。学部を立ち上げるに当たっては東京芸大や企業との連携も視野に入れていると聞きました。どんな学部になるのでしょうか。

 カレッジ・オブ・デザインに限らず、アートやデザイン、工学といった領域には、そもそも明確な線引きがあるわけではないと思っています。そうした境界を取り払った上で、新しい仕組みや新しいものを考えていく。カレッジ・オブ・デザインは、そういう場でありたいと考えていますし、その考え方は東京大学の他の学部にも波及していくものだと思います。

 そういう意味で、東京芸大と連携する動きも、その延長線上にあります。ここから先がデザインで、ここからこちらがアート、というように区切って成立する話では本来ないはずです。領域は接続していて、連続しているものだと捉えています。

 これは音楽やスポーツも同じです。日本の状況では、スポーツはスポーツ、勉強は勉強、という分け方がなんとなくありますが、スポーツやアート、音楽と、いわゆる教科の学習は、本来そこまで線引きをしなくてもよいものだと思います。学生が自分のやりたいことを追求していくことを、もっと自然に支えられる形が望ましいと考えています。

 ですから「どこからがアートなのか」という境界をあまり設けず、できれば入り混じった状態で進めていきたいと考えています。特に東京芸大と東大は地理的にも近いですし、そうした環境を生かして連携が進んでいけば、今後よりよい形になっていくのではないかと考えています。

既存の「学問区分」は限界 分野横断で社会課題を解く

――20年前は東大と芸大が連携する発想自体が想像できませんでした。大学そのものが大きく変わってきているのでしょうか。いま大学やアカデミアが抱えている課題をどうお考えですか。

 私自身は、既存の学問の枠組みが、ある種、自分たちで線引きをしてしまっているところがあると感じています。社会の中で何かを実現しようとすると、いわゆる「何々学」だけではほとんど不可能です。現実の課題は複雑で、単一の専門領域の知識だけで解けるものではありません。

 そうなると必然的に、視野を広げてさまざまな領域に目を向け、そこで蓄積された知識や、そこで活動している人たちと一緒にものを作っていくことが必要になります。あるいは、新しい社会の姿を描いていくためにも、分野を横断して考え、協働できる力が欠かせないと思います。

 法学、経済学、理学、工学といった既存の区分だけで考えていると、どうしても難しさが出てきます。だからこそ、そうした枠組みを超えて課題を捉え、解決の道筋を組み立てられる人材を、きちんと育てていくことが重要だと考えています。

東京藝術大学とも積極的に連携し、世界に影響を与える人材を育成していく(左:東京藝術大学の日比野克彦学長。右:東京大学の藤井輝夫総長)

――カレッジ・オブ・デザイン以外にも、量子科学などの幅広い先端分野を扱う「ディープテック学部」と、コンピュータ科学を専門とする「コンピューティング学部」の2学部新設の構想があるとの報道もあります。この動きも、カレッジ・オブ・デザイン設立の議論と、つながっているのでしょうか。

 その2学部はカレッジ・オブ・デザイン新設とは別の動きになりますが、考え方としてはつながっています。既存の学問分野の区分から出発するより、宇宙のような学問領域を見据えたときに必要になるテクノロジーが何かを考え、それをきちんと扱える体制をつくっていこうとする発想から生まれています。

 従来の学問分野で言えば、航空宇宙という分野はあります。一方で、かつては船舶工学という分野もあり、私自身もそこにいましたが、今はもうなくなっています。そうした変化も踏まえると、現代において必要とされる学問領域を見極め、そこに対応できる新しい学部をつくることが重要だと考えています。

 その方向性の一つが、ディープテックの学部構想です。そこで、社会の変化に応じて求められる技術や人材を、学部段階から体系的に育てられるようにしていきたいと思っています。

AI需要の高まりに応える学部構成へ

――この工学系2学部は、国が継続審査中の卓越大認定を前提にした部分もあります。卓越大認定にかかわらず、今後大学の組織改革を具体化していく上で、どのような考え方で、どう進めていくのでしょうか。

 一番大きいのは、これまで私たちが前提としてきた学部の仕切りや専門性の区分が、すでにかなり昔の枠組みに基づいている点です。カレッジ・オブ・デザインが約70年ぶりの新設だという事実を踏まえても、その間、学部の在り方そのものを大きく組み替えるような動きが起きてこなかったわけです。

 しかし本来、大学が育てたい人材像と、学生が「自分はこんなことがしたい」と考える思いの間には、まだずれがあると感じています。学生が「どの学部に行けばいいのか」と問いかけたときに、大学がきちんと答えられているかというと、十分ではない部分があります。

 教育を受ける側の目線で見たときに、学問領域の示し方が分かりにくい問題もあります。例えば学生がAIを研究したいと思っても、いまの東大の学部構成の中で、どこに行けばよいのかが直感的には見えにくい部分があります。例えば現状では、東大の複数の学科でAIに関わる教育や研究が行われているものの、入口が一本化されていない点で課題が残ります。

 だからこそ学生のニーズ、つまり「自分がやりたいこと」から出発して、大学側がそれを受け止められる構成に変えていく必要があります。AIであればコンピューティングの学部に行けばよい、といったように、学びの入口が分かりやすく、そこから横断もしやすい形にしていく。学問領域をどう提示し、どう受け入れるのかという設計自体を変えていかなければならないと考えています。

 その視点から、学部構成を見直そうという議論が出てきました。全体の改革も、学生の目線、そして社会の側の目線を強く意識しながら進めていくことが大きなテーマになります。

 カレッジ・オブ・デザインも同じで、市民や生活者といった社会の視点から考えたときに、本当に求められる変化をつくっていける人材を育てたい思いがあります。そのための仕組みとして、こうした学部新設や教育の組み替えに取り組んでいきたいと考えています。

2025年12月に都内で開催された「FUTURE VISION SUMMIT KEYNOTE SESSION|知と創造が拓く未来」に登壇した藤井総長

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