禹さんが製造現場に与えた影響は、優れたツールを開発しただけでは終わらなかった。最新技術を現場の日常業務に定着させるために、週1回のペースで「生成AI勉強会」を開催したのだ。
オンラインと対面を交えて毎週30分、全10回にわたって実施したこの勉強会には、品質保証部門の約4割になる40人以上の社員が参加した。そこで禹さんが徹底したのは、AIの専門用語を使わず、実務に徹底して寄り添うことだった。
「品質保証部の業務を現場で学んだからこそ『報告書の作成であれば、生成AIにどういう感じで聞いたらいいか』といったように、業務に合わせた形で説明ができました。専門的な知識を教えるというよりも、現場にいるからこそ聞こえてくる日常的な困りごとをベースに内容を作っていきました」(禹さん)
この「現場の言葉に翻訳すること」は、テクノロジーに戸惑っていた社員たちの心を確実につかんだ。受け入れ側の愛甲さんも、勉強会の効果を評価する。
「『生成AIって何だろう?』というのが、分かっているようで全く分かっていなかったのです。禹さんが『生成AIは人だと考えればいい。こういう性格だから、こういう風に聞けばこういう風に書いてくれるよ』と細かく教えてくれたことで、使い方のイメージが湧きました」(愛甲さん)
この地道な草の根活動は、現場に意識的な変化をもたらした。従業員自らがAIのプロンプト(指示文)のアドバイスを求めに、禹さんのところに相談に訪れるようになったのだ。「報告書作成にかかる時間が4分の1になった」と話す社員も現れた。
前田部長は、モノづくり実習の成果について語る。
「われわれの強みは、モノづくりにおけるさまざまなデータがあることです。データサイエンティストの方々がモノづくりの現場を学んでくれることで、われわれもデータへの新しいアプローチの仕方に気付かされ、Win-Winの関係になっていくと感じています」(前田部長)
製造現場のDXを成功に導く鍵は、高度なITの技術力だけではない。最新のAI技術と現場の間に立ち、泥臭い対話を通じて双方の言葉を結びつける「翻訳者」の存在こそが不可欠だと言える。テクノロジーの社会実装においては、現場との対話を通じて導入から定着までを担う人材をいかに育てるかが、今後も課題になりそうだ。
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