「ROIC(投下資本利益率)もROE(自己資本利益率)も目標ではなく結果。過度に重視しすぎては、心理的ブレーキになる」
こう語るのは、2期連続で過去最高益を更新したNECの森田隆之社長だ。同氏は財務指標であるROICやROEを過度に重視しすぎることに対し、強い警鐘を鳴らす。
NECは「今後5年間で最大1.2兆〜1.3兆円」という巨額の成長投資枠を掲げ、現状は20%程度にとどまる海外売上比率を、長期的には海外利益比率50%まで引き上げるという大きな挑戦を進めている。
1.3兆円もの投資枠は、一体どこに向かうのか。目先の数字に囚われず、真の事業成長につなげる投資を実現するために必要なことは何か。これまで数々の買収施策を手掛けてきた森田社長に、その要諦を聞いた。
森田隆之(もりた・たかゆき)1983年にNECに入社、2002年に事業開発部長、2011年に執行役員常務、2018年に副社長、2021年4月に社長に就任。6年間の米国勤務や2011年からの7年間の海外事業責任者としての経験も含め、海外事業に長期間携わってきたほか、M&Aなどの事業ポートフォリオの変革案件を数多く手掛け、半導体事業の再編や、PC事業における合弁会社設立、コンサルティング会社の買収などを主導した。66歳。大阪府出身(2025年12月撮影:河嶌太郎)――中期経営計画の発表会では「今後5年間で最大1.2兆円〜1.3兆円を成長投資とする」と言及していました。その中で優先的に考えている領域と、その規模感を教えてください。
今回の中計では、明確に安全保障領域、それからDX・AX領域に注力すると発表しました。当然、投資についてもこの2つの領域が中心になります。その中で、どういった領域をインオーガニックな(自社資源だけに頼らない)M&Aなどの外部手法で強化すべきか、ということになります。M&Aというと、世の中的には特殊なニュースに思われがちですが、決して特殊なものではありません。経営として、スピードや投資効果を含めて、常に選択肢の一つとして頭に置いておくべきものです。
オーガニックでできるかできないか、マーケットのスピードに合うか合わないか、ライセンスや提携でできるかどうか、などを考えた上で、大きな効果を出せる領域に投資をしていくことになります。
――これまでの買収事例には、どういったものがありますか。
過去の投資実績が示す通り、例えばアビームコンサルティングや海底ケーブルのOCC(横浜市)などの買収が挙げられます。通信ソフトウェア領域では米Netcracker、さらに直近では米CSGを買収してソフトウェア事業の拡大を図ってきました。
デジタルガバメント領域においては、英NEC Software Solutions UKやデンマークのKMDを買収したことで、これまでの自社資源だけでは展開できなかった欧州市場を切り拓くことができています。
もう一つの成長領域であるデジタルファイナンスにおいては、スイスのAvaloqを買収したことで、比較的競争環境に恵まれたウェルスマネジメント分野において、専門知識(ドメインナレッジ)を伴うソフトウェア領域を確保しました。
このように、自社単独での成長(オーガニック成長)だけでは実現が難しい領域へ戦略的に投資しています。今後もこれら買収企業の周辺領域において、さらなるM&Aの可能性があると考えています。
――国内の投資についてはいかがでしょうか。
国内では、これまで既存の自社リソースを活用した投資で十分に対応できていました。しかし今後は、グローバルパートナーとの連携、データセンターへの投資、AI処理能力を拡大するためのスーパーコンピュータへの投資、あるいは海底ケーブル敷設船の確保といった分野へ投資を進めていきます。規模感はそれぞれ異なりますが、例えば敷設船の確保であれば数百億円規模になります。
――買収の規模感についてはどのようにお考えですか。
「事業」を買う場合と「テクノロジー」を買う場合とで、規模感は全く異なります。
技術や特許の取得であれば数億円から数十億円規模が中心で、数百億円規模になることはまれです。一方で、事業そのものを取得(買収)する場合は事情が異なります。経験上、カントリーリスクを考慮した上で「買収した事業を全て自社で運用・統制できるインフラ(体制や基盤)が整っているか」が極めて重要です。
例えば、日本国内であれば、100億円あるいは1000億円規模のIT企業を買収・運営することは十分可能です。しかし海外の場合は、現地マネジメントチームの実態やキャッシュフロー、カントリーリスクなどがよりシビアな判断材料になります。加えて、対象となるのが地理的な観点などから欧米の優良企業となるため、事業買収となる場合は「1000億円以下」の案件はなかなかないと考えています。
――中計で掲げた長期経営目標「グローバル利益比率50%」について、現状の売上収益では海外比率が2割程度にとどまっており、達成イメージが湧きにくいです。なぜ海外の利益比率を上げようとしているのか、その狙いと、50%という数字のイメージ感を教えてください。
私のグローバルに対するスタンスは、単に「海外進出」を意味するのではなく「日本をも内包する一体としてのグローバル」という捉え方です。中計では長期経営目標として掲げましたが、これは「追うべき目標」ではなく「成長した結果」としてついてくるものだと考えています。
また、50%という数字は、単なる対外公表用ではなく、NECグループ全社員に対する強いメッセージでもあります。世界のGDPにおける日本のシェアはすでに10%を割り込んでおり、国内人口の減少も避けられません。一方で、地政学的な分断が進む中でも、テクノロジー自体は必然的に国境を越えてボーダーレスに進化しています。
この環境下で自社の競争力を維持し続けるためには、全ての事業を最初から世界基準(グローバル視点)で捉える必要があります。「日本国内だけで事業が完結すればいい」という内向きの考えから脱却しなければ、われわれが掲げる「Empower Humanity」(世界に革新と安心を届ける)という理念は実現できませんし、最終的には日本国内における既存ビジネスすら維持できなくなると考えています。この危機感と志は、絶対に忘れてはなりません。
現状の数字だけを見れば「50%」の達成は困難に映るかもしれませんし、1.2兆〜1.3兆円の成長投資枠をどのように活用するかによっても結果は変わります。しかし、私は日本だけを特別扱いにするのではなく、グローバル全体をフラットに見渡し、機会に対して柔軟にM&Aを検討していきます。
その結果としてNECがサステナブルな(持続可能な)企業体となったとき、日本籍のグローバル企業として、海外利益比率が50%を超えている状態を目指すべきであると考えます。
安全保障領域は各国の政治状況や地政学リスクに大きく左右されるため、現時点で50%の構成内訳を精緻な数字として示すことは難しい状況です。一方で、デジタルビジネスの基盤となる「BluStellar」(ブルーステラー)領域については、着実に数字を積み上げていく必要があります。
――中計で掲げたROICについて、2025年度実績は9.1%とのことですが、その内訳のイメージを教えてください。
NECの資本コストは約6〜7%の水準であり、ROICはこれを十分に上回るべき、というのが基本的な考え方です。しかし、ROICもROEも、私は追うべき「目標」ではなく、経営努力の「結果」であると捉えています。これらはあくまで、ある一時点の財務状態を示す静的な指標にすぎず、特にROEは使い方を誤ると、企業の健全な成長において副作用をもたらします。
例えば、ROEは負債(レバレッジ)を増やしたり、自己株買いを実行したりすれば、事業内容が変わらなくても見かけ上の数値を引き上げることができます。もちろん、余剰資金が生じた場合には手元に寝かせることなく機動的に対応しますが、経営の本質的なスタンスは、株主から預かった資本コストを圧倒的に上回るリターンを「事業そのもの」で出すことです。そのための新規事業機会を懸命に探し続けることこそが、経営者の本来あるべき姿だと考えています。
ROICについても、キャッシュROICという指標を用い、M&Aにおける投資の規律を保つために活用しています。ただ、M&Aを実行すると(買収プレミアムが乗ることで投下資本が膨らむため)企業のROICは一時的に下がります。
そのため、社内や市場がROICの数値を過度に重視しすぎると、かえって中長期的な成長に必要な投資に対して心理的なブレーキがかかりかねません。ROICの議論をする上では、こうした負の側面も十分に認識し、目標数値として盲信するのではなく、結果として位置付けるのが妥当です。
また、ROICという指標は、開発から生産、販売までが一貫したプロセス管理には極めて有効ですが、われわれが手掛けるシステムインテグレーション(SI)事業においては、必ずしも親和性が高いとは言えません。SIビジネスのマネジメントにおいては、NECが採用している「Non-GAAP営業利益率」の方がはるかにシンプルで、現場の改善活動に直結します。市場がROICやROEの開示を求める背景は理解できますが、経営者としては、それぞれの指標が持つ本質的な意味と限界を理解した上で、使いこなす必要があると考えています。
――ROICをセグメント(事業部門)ごとに細かくブレイクダウンして開示している企業もありますが、NECではそうした細かいメッシュでの開示はしない方針でしょうか。
全社ベースでの実績値は今後も開示していきます。ROICという指標そのものを否定しているわけではなく、例えば電子部品事業など、製造アセットを持つビジネスにおいては有効に機能する指標です。ただ、現在のNECの事業構造においては、ROICを最重要のマネジメントツールとして用いることはしていません。
資本コストを十分にクリアするROICを「結果」として出し続ける規律は維持しつつも、「ROICの数値をどう上げるか」といった議論をNECでは深めるつもりはありません。
――例えばアクセンチュアなど、組織を大きく変えて人材を育成していく企業もあると聞きます。NECとしても組織の変革は検討しているのでしょうか。
経営者として「人が変わらない限り、ただ箱(組織)をいじっても組織は変わらない」と考えています。組織を先に変えれば、おのずと人がついてくるというやり方は、これまでの経験上うまくいきません。「何のために組織を変えるのか」「どういう武器を持たせるのか」を明確にした上で、それを実行する手段として組織変更が役立つのであれば行っていく、という考え方です。
NECにおいても、安全保障の定義が変わっていく中で、それに合わせて航空宇宙と防衛を一つにまとめ、次に海底ケーブル、そして通信インフラを加え、サプライチェーンも含めた安全保障として捉えるために組織を変えてきました。
AIについても、これまで研究所とBluStellarの部隊が別々でしたが、横断的に研究開発からビジネスまで責任を持つ役割として、山田昭雄(執行役 Corporate EVP 兼 CAIO)を置きました。このように、何のために変えるのかを明確にした上で、組織だけでなく人材の配置も含めて取り組んでいきたいと考えています。
――CHROを外部登用した背景と期待を教えてください。
日本企業が従来のメンバーシップ型雇用から変化する中で、CHROの重要性は非常に高まっていると考えています。NECでは、M&Aも含めてさまざまなバックグラウンドを持つ人材が入ってくる中で、文化や人材に関する課題を含め、CHROの役割は大きく変化してきています。
従来の日本企業の人事部門が担ってきた、新卒を採用し自社の文化に適応してもらう役割とは大きく異なります。事業を推進していく上で、HRの観点からサポートする役割(HRビジネスパートナー)も必要であり、人事の経験に加えて、経営の視点で人の課題を捉えられることが重要になっています。
――新中計には、次代のトップへの考え方は盛り込んでいるのでしょうか。
2023年に指名委員会等設置会社へ移行し、指名委員会を設置しています。社外取締役が委員長を務め、社内委員は新野隆会長のみで、私はオブザーバーという立場です。次世代の育成は、社長の重要な仕事の一つです。私自身「いつ交代してもよい」という準備をしておくことが、経営者としての重要な務めの一つだと考えています。どう判断するかについては、指名委員会の中で客観的に議論していきます。
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