トゥアンさんは22歳の時に、札幌市の札幌国際大学に留学するために来日した経歴を持つ。留学先はオーストラリアと日本で迷ったものの、当時のベトナムでは日本への留学が広がっていたこともあって、日本に決めた。ベトナムで2カ月ほど日本語を学んでから来日。学生時代にだるまでアルバイトを始め、卒業後はそのまま同社に入社したという。
「バイト上がりの新卒入社」という、たたき上げの経歴に見えるトゥアンさん。実は一度だるまを退職して、同じすすきのでベトナム料理店を起業したことがある。
だが、起業した後の経営はうまくいかなかった。トゥアンさんは当時の独立について「立地自体は悪くなかったものの、観光地だったので集客が難しかった」と振り返る。自分で店を構えて初めて、客を呼ぶことの難しさを知ったという。だるまを離れたことで「自分のベトナム料理店とは違い『札幌でジンギスカンといえばだるま』というブランドの強さをあらためて知った」とトゥアンさんは語る。
結局1年で店を畳み、悩んでいたところに金社長が「もう一度だるまで働かないか」と声をかけた。その後、トゥアンさんは札幌市内の各店を担当。2024年の東京初進出の際には、東京1号店である上野御徒町店の店長に抜てきした。金社長はトゥアンさんについて「非常に優秀で、ITにも詳しく、何より性格がいい。世のため人のためという感覚を持っている」と評価する。
トゥアンさんは、7月末の東京本店の開業に合わせてエリアマネジャーに昇進。現在は20人ほどの部下を持つ。金社長は「新しく入った従業員がいれば、買い物にも食事にも連れて行ってくれる。とても頼れるリーダー」と話す。東京生活も2年目になるトゥアンさんは、だるまで一番学んだ経験に人間関係を挙げる。「いつか再び自分の店を持ちたい」という夢は、今も持ち続けている。
金社長は、トゥアンさんのような外国人材を積極的に探している。金社長は「留学生が40〜50人いれば、その中に必ずリーダーシップを取れるような人材がいる。こうした逸材を見つけたら徹底して育てる。そうすれば育った本人が次の世代を育ててくれる」と人材育成の要点を話す。
人材育成の循環を、店で使う炭に例えてこう表現した。「熱い炭を作れば燃え広がる。その炭を別の場所に持っていけば、そこでも燃える。火種になる人材をいかに見つけるかがカギ」
この金社長の人材育成の考え方は、実は前職時代に培ったものだ。金社長は28年間、教員として教壇に立ってきた経歴を持つ 。「従業員の気持ちを一つにし、何のために働くのかを共有する仕事は、教員時代と変わらない」と金社長は語る。
金社長が従業員の幸せとして挙げるのも、待遇だけではない。「仕事そのものが楽しいと思えること。生きがいにつながる目的を共有できること。そうした人と人とのつながりの大切さを職場を通して実感してもらいたい」と話す。その先に見据えるのは、外国人従業員が日本で働き続けられる環境だ。金社長は「目の前にいるこの留学生たちを、きちんと幸せにしてあげたい」と話す。
金社長はこうした従業員への向き合い方の原点を、祖母である創業者・金官菊子さんから受け継いだと考えている。
「創業者から学んだのは、他人を助けることです。人は何のために生きるのか。私は、自分のためだけではないと思っています。誰かを助けて一緒にやっていくと、実は自分も助けられているんです」
現場で互いに助け合う環境を整えること──。一見すると理想論にも思えるこの職場づくりこそが、スタッフ間の紹介による採用や高い定着率を生み、土日16回転という高収益を支える強固な基盤となっている。創業者から受け継いだ理念は、国籍の異なる人材が働く現代の現場でも、ごく自然に生かされている。多様性時代の組織づくりに悩む外食企業にとって、そのヒントとなるはずだ。
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