箱根駅伝「着用率ゼロ」に先立つ2019年冬、すでに情勢を察知していた廣田氏は、起死回生の一手を打っていた。それが「C-PROJECT」の発足だ。「C」とは、創業者の鬼塚喜八郎氏がかつて唱えた「頂上(Chojo)作戦」の頭文字から取った。文字通り、業界の頂点を奪還するための電撃プロジェクトである。
従来のシューズ開発のプロセスは、デザインを起こし、開発部門が設計し、試作品を作り、選手に履いてもらってフィードバックを得るという整然としたバトンリレー方式だった。しかし、廣田氏はそのルールを変えた。
「そんな悠長なバトンリレーをやっている時間はない。デザインも、開発も、マーケティングも、知財(IP)の担当者も、全員この部屋に集まってほしい」
廣田氏は本社内にある一部屋に、各部門から集めた気鋭の若手エースたちを集めた。部門の壁を取り払い、全員が膝を突き合わせて即断即決で仕様を決め、その場でプロトタイプを試作する高速な開発体制を構築。「世界で一番速く走れるシューズを、どこよりも早く作ってくれ」という厳命を下した。
このC-PROJECTから生み出されたメタスピードシリーズは、奇しくもコロナ禍で1年延期となった2021年の東京オリンピックにギリギリで滑り込んだ。男子・女子のトライアスロン競技において、メタスピードシリーズを履いた選手が男女ともに金メダルを獲得。「アシックスの靴を履けば勝てる」という評判は、世界のアスリートたちの間を駆け巡った。
「いったんプラスの方向に進みだすと、箱根駅伝での装着率も上向き、社員の自信にもつながりました」。箱根駅伝での着用率は翌年から急回復し、2026年大会では 28.6%(全メーカー中2位)まで伸長。60人のランナーが履いたという。首位アディダス(35.7%)、2位アシックス(28.6%)、3位ナイキ(16.2%)という「三つ巴」の激戦構造を形成し、廣田氏は「世界市場では、この三つ巴争いはしばらく続きます」と読んでいる。
「頂上を取れば、その下にも好影響を及ぼします。トップランナーが履いて勝つ姿を見せれば、一般のランナーも『やっぱりアシックスがいい』と選んでくれるようになるんです」
事実、2025年の神戸マラソンでは全ランナーの42%がアシックスを着用。東京マラソンでも34%のランナーが、アシックスのシューズを履いた。トップアスリートでの勝利が、一般市場での購買を生む好循環が復活した瞬間だった。
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