キヤノンが1990年に発売した「EF50mm F1.8 II」は、月産7万本以上という驚異的なセールスを誇るロングセラー製品だ。樹脂外装は安っぽく、ジーコジーコ鳴るAF駆動音はうるさい。しかし一方で、ズームレンズでは得られないボケの表現力と、絞り込んだ際のシャープな描写が実売1万円程度で楽しめるため、単焦点レンズの入門用として人気を集めていた。
そんなエビで鯛を釣るための"撒き餌レンズ"が約25年ぶりにリニューアルし、「EF50mm F1.8 STM」として登場した。希望小売価格は、1万2000円(税別)から1万9500円(税別)にアップ。価格に見合った進化はあるのか。フルサイズ機「EOS 5D Mark III」とAPS-Cサイズ機「EOS Kiss X8i」を使って、その操作感と描写力を確かめてみよう。
外装は、表面を梨地塗装で仕上げた高品位な作りだ。従来はプラスチック製だったマウント部は金属製に変更され、剛性感が向上。フォーカスリングは、細かいローレットを刻んだ硬質な樹脂素材となる。
前モデルに比べて、レンズの全長はやや短くなり39.3ミリ。フィルター径は52ミリから49ミリへと小型化した。質量は30グラム増えて160グラム。パンケーキと呼べるほど薄型ではないが、小型軽量で持ち運びの負担は少ない。
光学系は前モデルを継承したうえで、デジタル時代に合わせたコーティングを施し、フレアやゴーストの低減を図っている。下の写真では、画面中央に強い日差しが反射しているが、フレアは目立たず、十分なコントラストを保っている。
次のカットでは、光がレンズに直接差しているため、さすがにフレアが生じている。写真の雰囲気を高める効果として考えれば、あえて逆光とフレアを写し込んだカットも悪くないと思う。絞り値はF2.8に設定。7枚羽根の円形絞りを新採用したことで、玉ボケは従来よりも自然になった。
次は、カメラの位置を少しずらして同じシーンを撮影。光の入射を避けると、フレアの影響が抑えられ、全体のコントラストは向上する。どちらを選ぶかは撮影の狙い次第である。絞りについては、開放値のF1.8を選択。口径食の影響で周辺の玉ボケはレモン型になっている。後ボケは少々うるさいが許容範囲だ。
最短の撮影距離が従来の45センチから35センチに短縮された点にも注目だ。最大の撮影倍率は0.21倍。単焦点の標準レンズとしては結構寄れるほうだ。特にAPS-Cサイズ機で使った場合には、ちょっとしたマクロ用途にも生かせる。
フォーカス駆動には、ギアタイプのSTM(ステッピングモーター)を採用。DCモーター駆動だった前モデルとは異なり、静かでスムーズなAF駆動といっていい。ただし、リードスクリュータイプのSTMレンズとは異なり、無音ではない。AF作動中はくくくーという低い音が鳴る。AF速度は、超高速ではないが、STMレンズとしては標準的なレベルだ。
次の写真は、絞り開放値を選択し、AFで撮影したもの。薄暗い水槽だったが、AFは的確に作動し、狙いどおりのタイミングで撮影できた。
マニュアルフォーカスについては、前モデルのかさかさした感触に比べると滑らかになった。リングの操作感は軽め。他のSTMレンズと同じく、フォーカスリングは無限遠で止まらず回転し続ける仕様だ。距離目盛りはない。
写りは、フルサイズの開放値の場合、中央部はまずまずだが、周辺部は甘めだ。絞り込むとシャープネスが向上。F5.6あたりでは全域でくっきりした描写が得られる。このあたりは従来レンズを継承している。
歪曲収差や色収差は少なめ。周辺減光は、フルサイズの開放値ではやや目立つが、F4くらいまで絞り込めば気にならないレベルに低減する。
今回の撮影では、従来レンズよりも向上した操作性と逆光性能、ボケ描写を堪能することができた。何よりうれしいのは、剛性を感じる高品位な外装の採用と、最短撮影距離の短縮だ。
不便を覚えるほどではないが、手ブレ補正や距離目盛りがないことは少々残念なところ。全部入りの完ぺきなレンズではないからこそ、撒き餌と呼ばれるのかもしれない。
初級者におすすめしやすいことは確かだ。フルサイズ機ユーザーにとっては50ミリの標準レンズとして、APS-Cサイズ機ユーザーにとっては80ミリ相当の中望遠レンズとして、スナップやポートレート、風景など幅広い用途に活躍する。初級者以外でも、カバンに入れておけば役立つシーンは多いだろう。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
Special
PR