わたしも新人だったことがあったのよね、と思い出にひたっていると、後ろから「おはよう……」という声。振り返るとA子がいた。朝とはいえ、やけにテンションが低い。何かあったのかな? 元気ないね、と言ってみるわたし――。
A子 朝、エレベーターで課長と一緒になってさ。今年の、新人向け情報セキュリティ講座、わたしにやれって言われちゃった……。
どうやら白羽の矢が立ったらしい。彼女が元気のない原因はこれか。
A子 わたし、人前で話をするの、苦手なの。頭が真っ白になっちゃって、何を伝えるべきなのか分からなくなるし。わたしには役不足だと思うのよね……。
ん、役不足?
わたし その流れなら、役不足じゃなくて“力不足”とか“役者が不足”って言ったほうがいいよ。“役不足”ってね、与えられた仕事の方が自分の力より軽い時に使うの。力不足とは逆の意味ね。だから、自分に対して使うことまずはないの。“役立たず”と“力不足”がゴッチャになったのかも。
A子 うわ! 課長に言わなくて良かったあ!
わたし で、どうするの? 引き受けたの?
A子 まさかあ。「とんでもございません」って断ったわよ。
わたし ……それも、「とんでもないことです」とか「とんでもないことでございます」のほうがいいよ。
A子 どうして?
わたし “とんでもない”はひとつの単語だし、ひとつの単語の後ろだけが変型することはないの。例えば”だらしない”とか”あどけない”って言葉が「だらしございません」とか「あどけございません」にはならないでしょ? だから「とんでもございません」も、本来はおかしな表現なのよ。
A子 そうなんだ、日本語って難しいね……。
そういえば、さっき書いた「的を射た」もそうだ。「的を得た」って言い間違える人もいる。あまり細かいことを言うつもりはないし、「通じればいいじゃん」という考え方にも一理ある。でも、正式な場所では正しい言葉づかいをしたいもの。先日、新入社員のサポートをしてあげたのだけど、追って「こんなことで時間を取らせてしまって、すいません」とお礼のメールをくれた。気持ちはうれしいけど、この場合は「すみません」よね、と感じたわたし。“すいません”は話し言葉だという印象があるので、文章として書かれると違和感があるのだ。
もしかして、ITの専門用語よりも、日本語の教育が必要かもしれない。話しことば検定というのもあるようだし、わたしも勉強してみようかな。
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