「攻めのIT、守りのIT」はオワコン? オイシックスのCMT、西井氏に聞く「ビジネスとITの間を行き来できる組織の作り方」CIOへの道(1/5 ページ)

マーケティングのプロがIT部門にも関わるという、ちょっと変わった組織体系のオイシックス・ラ・大地。このような組織体制になった背景や効果、同社のマーケティングに対する考え方を、クックパッドの情シス部長が聞く。

» 2019年03月07日 07時00分 公開

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この対談は

クラウド、モバイル、IoT、AIなどの目覚ましい進化によって、今やビジネスは「ITなしには成り立たない」世界へと変わりつつあります。こうした時代には、「経営上の課題をITでどう解決するか」が分かるリーダーの存在が不可欠ですが、ITとビジネスの両方を熟知し、リーダーシップを発揮できる人材はまだ少ないのが現状です。

今、ITとビジネスをつなぐ役割を果たし、成功しているリーダーは、どんなキャリアをたどったのか、どのような心構えで職務を遂行しているのか、どんなことを信条として生きてきたのか――。この連載では、CIO(最高情報責任者)を目指す情報システム部長と識者の対談を通じて、ITとビジネスをつなぐリーダーになるための道を探ります。


オイシックス・ラ・大地執行役員CMT 兼 シンクロ代表取締役社長 西井敏恭氏プロフィール

1975年福井県生まれ。2001年から世界一周の旅に出た際の旅日記が人気。帰国後、旅の本を出版して、ECの世界へ。各社でEコマースを10年ほど経験して、2013年末、前職のドクターシーラボを退社。南極など旅行して、2014年6月帰国。現在はオイシックス・ラ・大地のCMT(チーフマーケティングテクノロジスト)として働きながらシンクロを設立。シンクロでは、CMOのアウトソース事業として大手通販、スタートアップの企業など数社のマーケティングを支援したり、企業と提携してデジタル事業を協業している。


クックパッド コーポレートエンジニアリング部 部長 / AnityA 代表取締役 中野仁氏プロフィール

国内・外資ベンダーのエンジニアを経て事業会社の情報システム部門へ転職。メーカー、Webサービス企業でシステム部門の立ち上げやシステム刷新に関わる。2015年から海外を含む基幹システムを刷新する「5並列プロジェクト」を率い、1年半でシステム基盤を構築し直すプロジェクトを敢行した。2018年、AnityAを個人として立ち上げ、代表取締役に就任。システム企画、導入についてのコンサルティングを中心に活動している。システムに限らない企業の本質的な変化を実現することが信条。


 ECサイトを通じた「こだわりの食材の通信販売・定期宅配」という独自のビジネスモデルで、食品業界において確固たる地位を築き上げているオイシックス・ラ・大地。2017年に「オイシックス」と「大地を守る会」が経営統合し、さらに2018年に有機・低農薬野菜、無添加食材などの定期宅配サービスを提供する「らでぃっしゅぼーや」との経営統合も果たした同社は、現在3つのブランドそれぞれで安全性や味にこだわった食材を顧客に提供している。

 そんな同社のマーケティング戦略を率いているのが、執行役員CMT(チーフマーケティング テクノロジスト)の西井敏恭氏だ。同氏はEC業界のさまざまな企業で経験を積んだ後、起業してマーケティングアドバイザーとしてコンサルティングサービスを提供するとともに、オイシックス・ラ・大地でCMTとしてEC戦略の要を担っている。

 西井氏が考える「マーケティングとITのあるべき関係」とは、一体どのようなものなのか。クックパッドのコーポレートエンジニアリング部で部長を務める中野仁氏が話を聞いた。

Photo クックパッドでコーポレートエンジニアリング部の部長を務める中野仁氏(画面=左)と、オイシックス・ラ・大地執行役員でCMTの西井敏恭氏

「全員マーケティング」を目指すオイシックス・ラ・大地

中野: 私はこれまで、基幹システムの構築・運用を中心とした「守りのIT」を中心にキャリアを積んできたので、データを活用したWebマーケティングやCRM、SFAといった「攻めのIT」の分野はまだまだこれから――というのが正直なところです。いわゆる顧客管理(CRM・SFA)領域には、まだあまり手を付けられていないんです。

 顧客情報は管理しているだけだと“ただの情報”に過ぎなくて、顧客へ適切に価値を届けるには不十分です。それを、どのようにサービス開発やマーケティングにつなげるか、というところまで踏み込まなければいけないと思っています。

 そこで今日は西井さんに、Webマーケティングについての知見や、物理的なロジスティクスを伴うビジネスやシステム、マーケティングについてお聞きしたいと思っています。

西井: オイシックス・ラ・大地は、もともと社長がマーケティング思考の会社で、5年前、私がオイシックスに加わったときに最も強く感じたのが「会社全体がマーケティングドリブンで動いている」ということでした。

 例えば、オイシックスは一見すると、他のモールなどで販売している有機野菜を取り扱うサービスと似ているように見えますが、他社などのページをみると「生産者がこんなにいいものを作りました」という話が多く、一方、オイシックスのチラシには「芋が嫌いだったけど好きになりました」という、子どもの笑顔が載っていたりする。前社は「作り手とプロダクト」、後者は「ユーザーとプロダクト」の関係性に着目したマーケティングメッセージを打ち出しているんですね。このようにオイシックスは、創業者の強い意向もあって創業当初からマーケティングドリブンな会社なのです。

 ちなみに、私はCMO(Chief Marketing Officer)としてオイシックスに入ったのですが、入社してすぐ経営トップと「オイシックスにおけるCMOのミッションとは何か?」という話をしました。CMOといえば、普通ならマーケティング部門の戦略を立ててトップダウンで下ろす役割を担うことがほとんどですが、私に期待された役割はそういうものではありませんでした。そのときに経営トップが言っていたのが、「会社の戦略にはトップダウンとボトムアップの両方が必要」ということだったんです。

中野: マーケティングにも、トップダウンだけでなくボトムアップの取り組みが必要、ということでしょうか。

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西井: その通りです。マーケティングの基本は「まず、お客さまに向き合うこと」ですが、会社組織というものは大きくなればなるほど、「お客さまと直接、接する現場」と「経営」との距離が遠くなってしまいます。CMOとしての私に期待されていたのは、まさにその距離を近くすることでした。

 つまり、私の役割は、「経営会議で決まったマーケティング戦略を現場に降ろすこと」ではなく、「現場が常にマーケティングを意識しながら仕事をするようなカルチャーを作る」ことだったのです。当時、社長はこれを、「全員マーケティング」「一丸マーケティング」などと呼んでいました。そんなわけで、私はこれまで、現場のさまざまなチームの中に直接入って、マーケティングの考え方を浸透させることを進めてきました。

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