おとり捜査のテクニックをビジネスに生かすビジネス刑事の捜査技術(3)(2/2 ページ)

» 2005年10月22日 12時00分 公開
[杉浦司,杉浦システムコンサルティング,Inc]
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おとり捜査のテクニックをビジネスに生かすには

 顧客を犯人に例えるのは不謹慎としかられるかもしれないが、探し出すということでは同じことである。気になる人は恋人を探すと考えても別に構わない。とにかく商品を売りたいのであれば、その商品を欲しい人、あるいは欲しいと思うようになる人を探し出すことである。そのためには犯人捜しと同じように、顧客の行動心理を先回りすることが必要だ。

 捜査においてしばしば問題になるものとして、おとり捜査がある。おとり捜査は教唆に当たる場合は違法なものとなるが、機会提供の場合については合法とされており、麻薬犯罪における捜査でしばしば耳にすることがあるだろう。われわれはビジネスにおける捜査技術の適用を考えているのだから、顧客を捜し出すのにおとり捜査を行ったとしても問題になるわけではない。

 むしろ、おとり捜査によって、どのように犯人をおびき出すかについて知ることが重要なのである。若い女性ばかり狙う通り魔や、高齢者ばかり狙う詐欺師、単身赴任者ばかり狙う空き巣など、犯人はいろいろな手口や癖を持っている。被害者のターゲット像が単純であれば、女性や高齢者、単身赴任者を装って、犯人に接近するだけで目的は達成できるだろう。おとり捜査の基本となる考え方は、おとりとなる“鮎”を泳がせることで、“縄張りを荒らされた”と鮎を勘違いさせて怒らせる「鮎の友釣り」と理屈は同じだ。関心を引くものが何かについて知ることと、どうやって犯人に接近するかという2点に、おとり捜査の正否はかかっている。

 しかし、実際には犯人が関心を引くものはもっと複雑な条件が必要になってくることがある。ゴルフのアイアンが売りたい商品である場合、ゴルフをしている人や、ゴルフをやりたいと思っている人、現在持っているクラブに不満を持っている人などの中で、買い替えるお金を持っていること、忙しく過ぎてゴルフに行く暇のない人ではないこと、買いたいクラブがアイアンであること、自社店舗の近くに住んでいることなどの条件が必要になってくるだろう。

 さらには、自社製品がカーボン製だとすれば、「スチール派を対象にしてシフトさせるのか?」といったことも問題になってくるだろう。警察が犯人像を作り上げてから、おとり捜査によって犯罪を作り出すことは許されないし、潜在的な犯罪予備軍をけしかけて犯罪者に変わらせることは絶対にしてはいけないことである。しかし、企業が顧客像を作り上げてから、商品を作り出すことは逆に望ましいことである。少なくとも、既存商品についても顧客像を再定義することで、潜在顧客層を顧客に変わらせることは何も悪いことではない。

おとり商品で接近する

 おとり捜査を応用して顧客を見つけるためには、言葉は悪いが「おとり商品」を用意することが必要だ。売りたい商品が本命商品だとすれば、セミナーや情報誌、試供品、低価格品などがおとり商品だ。おとりといってもだますわけではなく、潜在顧客に顧客になってもらう機会を提供することが目的である。

 中には、本命商品を買いたい顧客も近寄ってくるだろう。その場合でも顧客はセミナーや情報誌、試供品などのおとり商品を通じて、本命商品の在りかを見つけることができる。あるいはおとり商品への接近によって、本命商品を買うか買うまいかを検討することができる。少なくとも私自身は、電話で本命商品を一本槍でプッシュしてくる押し掛け業者に、良い印象は持たない。

捜査には周到な準備としつこさが必要

 おとり商品を企画するためにも、また、おとり商品をどこで宣伝するかを考えるためにも、リサーチすることが必要だ。また、周到にリサーチしたとしても、外れることもある。実行後も、試行錯誤を繰り返すしつこさが必要である。介護商品や健康食品を売りたいのであれば、インターネットもいいかもしれないが、病院の送り迎えに使われるタクシーの座席広告も外したくない。

 顧客行動をしっかりと推理することが大切である。それでもなお、顧客に出会えないこともあるだろう。そこで最後に登場するのが、ITを使った科学的捜査の出番である。データを駆使した捜査を行えば、確実に顧客の居場所に近づくことができる。

IT捜査によって顧客の居場所を絞り込む

 ダイレクトメールの反応が悪いと嘆く販促担当者は多い。しかし、顧客となる人や企業の全体に対する比率を考えてみれば、数パーセント程度の反応率は珍しいことではない。

 しかし、初めからダイレクトメールの送付先が潜在顧客層に絞り込んでいたとすれば、反応率はかなり高くなるはずだ。自分たちと同じ顧客ターゲットを持つ雑誌への広告や、通販会社の配送商品への同梱チラシ、店舗や施設での広告掲示など、潜在顧客層がいそうな場所で広告宣伝しておけばよい。さらには、宣伝広告の媒体や場所、時期、あるいは、資料請求や試供品希望、セミナー参加といった、おとり商品の形式や内容などを一定期間ごとに変更して反応結果を記録しておくことによって、潜在顧客がより反応する広告宣伝の方法を発見することができる。

 以前は難しい統計計算が必要だった「分散分析」など、違いを見つけるためのデータ解析は、いまではExcelを使えば数秒で答えが得られる。ただし、反応が悪いことを焦ってしまい、広告内容も商品内容も価格も一度に変更してしまうと、その結果、反応率が良くなったとしても、何が効いたのか知ることができなくなる。顧客の居場所を絞り込むためには試行錯誤が必要であり、その際、面倒でもこまめに1つ1つの要素を変更し、その効果を測定するという粘りと緻密さが不可欠となる。淡泊で粗雑な人に、捜査官は務まらないのだ。

次回の予告

 次回は、おとり商品の1つとしても有効性が高い、アンケートを取り上げる。アンケートはよく利用されるが、その割に期待する結果がなかなか得られないことが多い。それどころか、大事な答えに気付かずに見落としてしまうことも少なくない。アンケートは回答者本人ですら気付いていない意識まで見抜いてしまうことができる、強力な捜査の技術である。アンケートをうまく活用して捜査を進める方法について説明したい。

profile

杉浦 司(すぎうら つかさ)

杉浦システムコンサルティング,Inc 代表取締役

京都生まれ。

  • 立命館大学経済学部・法学部卒業
  • 関西学院大学大学院商学研究科修了

京都府警で情報システム開発、ハイテク犯罪捜査支援等に従事。退職後、大和総研を経て独立。ファーストリテイリング、ソフトバンク社など、システム、マーケティングコンサルティング実績多数。


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