
「人事DXを進めたいものの、そもそも何を変えればいいのか分からない」「タレントマネジメントシステムを導入したのに、ほとんど活用できていない」──。こうした課題は、人事DXを進める企業にとって決して珍しいものではない。
では、なぜITツールを導入しても期待した成果につながらないのか。その背景には、ツールの選び方や使い方だけでなく、人事部門そのものの役割や意識のあり方も関係している。
日本・米国・中国・香港で人事の現場を見てきた人事制度コンサルタント歴約34年の専門家、株式会社リソシア代表取締役・清原学氏に、日本企業のHR部門が抱える課題と「人事DX」を成果へつなげるために何が必要なのかを聞いた。
日本企業のHR部門が抱える課題
- ツールやシステムを「入れること」が目的化し、導入後の活用シナリオを描けていない
人事部門が事務業務中心の役割から抜け出せず、経営戦略を担う部門に転換できていない
社員の配置やキャリアに関する情報が属人化しており、データに基づく適材適所の判断ができない
専門家が提言する「3つの処方箋」
- 人事を事務を担う部門から「人材戦略を担う部門」へ転換する
「導入後に何を実現したいか」から逆算してITツールを選ぶ
社員情報を一元化し、配置、キャリア支援、エンゲージメント向上に活用する
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目次
「入れたらどうするんですか?」──タレントマネジメントシステムが機能しない理由
──清原様の事業とリソシアを立ち上げるに至った背景を伺えますか。

株式会社リソシア 代表取締役の清原学氏
株式会社リソシア代表取締役 清原学氏(以下、清原氏):大学卒業後に報道機関へ入り、その後渡米しました。帰国後、公益財団法人 日本生産性本部に入職し、1992年から人事制度コンサルタントとしてのキャリアを始めています。約34年になりますね。
その後、企業の人事役員を経て中国に渡り、上海に3社、香港に1社の計4社を設立しました。現在もオーナーとして株式を保有していますが、経営は現地スタッフに任せています。帰国後は監査法人系のコンサルティングファーム、経営コンサルティング会社を経て、2025年1月にリソシアを大阪に設立しました。
リソシア設立のきっかけはコロナ禍です。2020年、旧正月で一時帰国していたところ中国へ戻れなくなりました。しばらくは「そのうち戻れるだろう」と考えていましたが、なかなか状況が変わらず、日本でやろうと腹をくくりました。
──「人材DX」を推進する中で、企業が直面している典型的な課題はどのようなものですか。
清原氏:私のようなコンサルタントに依頼が来る背景は、突き詰めて言えば「自社で対応できない」からです。ノウハウとマンパワーの双方が不足しています。
人事制度の改定には適切なタイミングがあり、年度替わりなどの節目は年に2回程度しかありません。そこを逃すと簡単に1年延びてしまうため、外部に頼らざるを得ない企業が多いのが実情です。
──人事DXに関するITツールの1つ「タレントマネジメントシステム」が“入れて終わり”になってしまう例があると聞きます。それはなぜですか。
清原氏:多くの企業は、「便利そうだから入れたい」という動機が先行してしまうのです。もちろんそれなりに費用がかかるシステムですから、社長や役員に「入れたらどうなるんだ」と聞かれる。ところが、それをうまく説明できません。
人事部でありながら人事のことをよく分かっていない担当者もいます。中には「給与計算を楽にするためにタレントマネジメントシステムを入れたい」という要望まであります。それならば給与計算システムで十分なんですけれどね。
人事部が「事務担当」から抜け出せない構造的な壁
──「人事部でありながら人事のことをよく分かっていない」という話がありました。具体的にはどういうことか、この背景には何があるのでしょうか。
清原氏:日本企業の人事部は、いまだに「事務担当者」という意識から抜け出せていません。給与計算や社会保険の手続きを担うバックオフィス部門という自己認識のことですね。
一方で、マネジメント層には危機感があります。ただ、その危機感が人事の現場まで十分に落とし込まれておりません。
人事は本来、会社の戦略に近い部門であるべきなのです。ヒト・モノ・カネ・情報と挙げられるように重要な経営資源である「ヒト(=HR/Human Resources)」を扱う部門なのに、その発想を十分に持てていないのですよね。
──それがタレントマネジメントシステムの「入れて終わり」問題にもつながっているわけですね。
清原氏:その通りです。事務部門から脱却できなければ、DXも進みません。ツールを入れても活用できず、その先にどう改善するかという戦略も描けない。まずは人事部門そのもののパラダイムシフトが必要だと考えています。
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海外との20年の差、ホワイトカラーのDXが進まない理由
──米国や中国、香港でのご経験を踏まえ、日本企業の人事部門との違いをどう感じますか。
清原氏:全然違いますね。香港の企業は、人事を専門職として捉える意識が非常に強いです。私が1990年代に見てきた米国も、HRは会社の戦略部門という認識が当たり前でした。HRマネージャーは簡単になれるポジションではなく、報酬水準も他部門の責任者の3倍から4倍は高い。それだけステータスの高い職種なのです。
日本は、HRを経営戦略部門として捉えるという点では、かなり厳しい状況だと感じます。総務部と人事部が並列で語られることが多く、HRが他部門より戦略的に位置づけられている企業はまだ多くありません。もちろん、私が見聞きした範囲では例えばカゴメ、富士通、ユニクロのように、HR戦略が先進的な企業もあります。ただ、それは一部であり、多くの企業ではまだ変革の余地が大きいと感じています。
そもそも……HR(Human Resources)とは何のこと?
──数値化するとすれば、どのくらいの差があるとお考えですか。
清原氏:私の実感では、20年は遅れていると思います。私が上海に渡った1999年か2000年頃には、現地ではすでにデジタル化が進んでいました。中国や香港、台湾、韓国では、日常生活の中にもデジタルが深く入り込んでいます。中国では、地方の個人経営の店でも電子決済がごく普通に使われています。一方、日本では今も紙や現金を使う場面が多く残っています。
それが悪いわけではありません。しかし企業のDXにおいては、私はこうした日常生活の中でデジタルを使うことが当たり前になっているかどうかも影響すると考えています。生活の中でデジタル化が十分に浸透していない中で、企業の中だけを急にデジタルへ切り替えようとしても、意識や行動は簡単には変わりません。そうしたことも、日本企業のDXが進みにくい一因ではないかと思います。
──製造業や運輸業ではDXが進んでいるという話もあります。
清原氏:工場など製造業の現場や運輸業は、日本でもDXが進んでいる分野と感じています。理由はシンプルで、人手が絶対的に足りないからです。否応なしにDXを進めざるを得ないのです。
一方、ホワイトカラーの間接部門は、人が足りなければ採用やアウトソーシングという選択肢もあります。人手不足という強制力が働きにくいことで、DXの優先順位が上がりにくいのだと思います。
「まず、人事部のあり方そのものを見直す」人事DXはこの順番が大事
──HR戦略の中で、ITツールやDXはどのような役割を果たすべきだとお考えですか。
清原氏:まずは「適材適所」です。社員一人ひとりの情報をデータベース化することは、もう不可欠だと思います。
例えば、ある課長を次はどこへ配置するかというジョブローテーションを考える場合、過去の経歴や本人の希望を把握する必要があります。紙の資料を引っ張り出して確認するようなやり方では、現代の配置戦略に対応できません。
近年「管理職にはなりたくない」という声も聞かれます。管理職になりたいか、転勤が可能かなどといった本人の志向、社員のキャリアパスをどう支援するかの観点も含めて情報を蓄積しておく必要があります。これからの戦略的人事は、そうしたデータなしには組み立てられないと思います。
もう1つは「エンゲージメント」(会社への愛着、一体感、貢献意欲)です。社員満足度を高めることは、人事戦略の重要なミッションです。
エンゲージメントサーベイや満足度調査を継続的に実施し、前年から数値がどう変化したかを追っていく。これもDXがなければ継続的に回していくのは難しいと思います。
──最後にこの記事を読む企業の方へ、今後取り組むことについてアドバイスをいただけますか。
清原氏:ここまでかなり後ろ向きな話をしてしまいましたね。前向きな話もさせてください。
まず取り組むべきは、人事部のあり方そのものを見直すことだと思います。今は新卒もキャリア採用も難しく、また、社員のエンゲージメントを高めることも企業にとって重要な課題です。
だからこそ、人事は給与計算や社会保険の手続きといった事務業務を担うだけでなく、もっと戦略的な役割を担わなければいけません。社員をどう配置し、どう育成し、どう活躍してもらうかを考える部門になる必要があります。
人事のあり方をまず見直して、その戦略的な役割を支援するものとしてDXを考える。この順番が大事だと思います。
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