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「書くこと」とテクノロジーの関係を整理する(2/2 ページ)

» 2020年02月28日 15時31分 公開
[西田宗千佳ITmedia]
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「スマホで長文がかけない」と言われることの本質はなにか

 スマートフォンは現状、PC+キーボードの縮小版といえる環境になっている。比較的小さな画面で、フリック入力などでタイプする。文字入力速度はPCのキーボードより遅くなる傾向があり、画面も狭い。

 一方で、PC+キーボードを「先の文章を脳内で考えながら今の位置にタイプしていく」道具と定義するなら、スマホとの差はさほど大きくない。冒頭で述べたように、画面の狭さもソフトウェアキーボードも大きな制約とはいえない。むしろ、本体が小さくどこでも使えるため、文章を作る場所の制約がより小さなものになる。

 問題は、PCに比べて「それなりの長さの文章を作る」ニーズが小さいと思われていることだ。実際にはかなり大きなものなのだが、「スマホではSNSやメッセージ向けの短文を作るのがせいぜい」というある種の思い込みがあり、文書作成ソフトなどの成熟が進んでいない。いつまでもPC版のレプリカのようなものしかなく、スマホの持つ「文書制作機器」としての本質的な価値が花開いていない、と感じる。

 結果として、文章をPC+キーボードと同じように丸々書いてしまうより、移動中などに文章の要旨を書き、そこに肉付けするアプローチが向く。本来文章は、内容を考えた上で肉付けしていく作り方が推奨されている。しかし、多くの人はその作業を脳内で行っており、概要を書き出してから文章を作ることをしていない。

 構造的で長い文章を作る訓練を受けた(もしくはそれに慣れた)人であれば、スマホ上でも同様のことができるのだが、そうでないと、単に順番に書いていこうとして、「PCに比べてこなれていない部分」でつまずいてしまう。

音声入力の進化で「論理的な長文作成のノウハウ」がより重要に

 もう一つ、文字を書いていく上で本質的な変化となり得るのが「音声入力」だ。

 実のところ、文字をペンで書いたりタイプしたりするより、話す方が早い。脳内の思考とも直結している。機器の操作に対する習熟度の問題もなくなる。

photo この文章はiPhoneの音声入力で作成

 リアルタイムで会話を正確に書き起こせるなら、「メモのためのタイプをする」ことの意味が大きく変わる。事実を残すのは書き起こしの仕事になり、自分の印象や疑問といった、本当の意味での「メモ」に集中できる。

 一方で、文章を書く道具として「音声入力」を捉えた場合には、本質的な問題が2つある。

 1つ目は、話し言葉と書き言葉の違い。書き言葉で自然に話すのはなかなか難しい。文章の全てが「会話調」では困る。「書き言葉で自然に、機械に対して話す」という能力を身に付けないと、音声入力で文章を書くのは難しい。

 2つ目は「文章の構成」だ。文章を書くとき、人は脳内で構成をそれなりに考えているものだが、「話す」時は意外とそうではない。以前も原稿に書いたことがあるが、音声認識を使って文章を書こうとすると、「文章の先」が非常に見えにくい印象を受ける。ペンで書いたりタイプしたりする時は、脳内で数百字・数千字先の内容もイメージしつつ書いている部分があるが、なぜか「話す」場合には、そうするのが難しい。内容が決まった話題を話すのは難しくないが、それが定まっていない場合、論理的に話すのは難しい。「オチのある長い話」をアドリブで話せる人はそんなにいないものだ。

 この2つの問題から、「口述筆記」という作業にはそれなりの訓練がいる、ということが見えてくる。ペンやキーボードと同じような、文章を書く道具として「音声」が使われるようになるには、口述筆記の技術が一般化する必要があるのではないか。

 「文章が見通しづらい」という問題は、スマホで文章を書くときの問題に近い。だから筆者の場合には、音声入力で原稿を作る場合、概要を箇条書きの感覚で話していき、その後に肉付けする、というアプローチを採る。結局ここでも重要なのは、「構造的な長文を作るノウハウ」そのものである。

 人間の脳は、論理的な長文をサクサク書けるようにはできていない。訓練しないと難しいものだ。ペンやキーボードによる文書作成は、学校に入って以降、ある種の「オン・ザ・ジョブ・トレーニング」としてそのことをやってきた結果、普遍的な能力として多くの人が身につけている。

 今後テクノロジーが進化し、音声入力の精度が高まってくると、ペンやキーボードとのアプローチの違いに、より注目が集まるのではないか。だとすれば、本質的なトレーニングとして、学校などで「構造的な長文を作るノウハウ」を教える必要があるし、そうなっていくのではないか。

 これもまた、人とテクノロジーの関わり方による変化なのかもしれない。

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