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快挙続く「はやぶさ2」 持ち帰ったサンプルから分かることと旅路の先に見る“地球防衛”の可能性(2/2 ページ)

» 2020年12月18日 18時25分 公開
[秋山文野ITmedia]
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世界初、小惑星クレーター生成実験とサンプル採取

 次のミッションは世界で初めて挑む、衝突装置(SCI/インパクター)によって小惑星表面に人工クレーターを作る実験だ。銅製の円盤を高速で小惑星表面に向けて射出し、クレーターを作ることで小惑星の地下の物質を表面に露出させる。クレーターの生成を観測することで、小惑星の成り立ちを解明する手掛かりにもなる。

 SCIが小惑星表面に衝突すると、デブリ(破片)や地表からの噴出物が大きく飛散する。デブリなどが探査機に衝突すればはやぶさ2を傷つける恐れもあり、はやぶさ2本体はSCI分離後に小惑星の影に隠れるように退避しなくてはならない。19年4月5日、はやぶさ2に代わってクレーター生成の瞬間の撮像を担ったのがマグカップほどの大きさの小型分離カメラ「DCAM3」だ。DCAM3はリュウグウの表面から衝突噴出物(イジェクタ)がすり鉢状に広がる様子を見事に捉えた。

 そして19年7月11日、SCIクレーター周辺で地下から噴出した物質が積もった「C01-Cb」領域で2回目のタッチダウンが決まった。目標地点と探査機中心とのずれが60cmという完全な成功を収める。はやぶさ2が持つ3つのサンプル保存容器「キャッチャー室」が2回のタッチダウンの成果を納めて閉じられた。

地球帰還とこれから始まるサイエンス

 タッチダウンを終えたはやぶさ2は、もう1機のローバー「MINERVA-II2」を小惑星の表面に投下し、重力場の推定を行う観測ミッションを実施。11月13日に1年5カ月にわたる小惑星リュウグウ近傍でのミッションを終え、はやぶさ2はリュウグウを出発した。

 約1年の帰還の旅を終え、はやぶさ2が地球に投下したサンプルを分析チームが入手したことで、はやぶさ2は小惑星リュウグウの物質を解明する段階に入った。

 まず分析チームが12月14日週から、カプセル内にサンプルが入っていることを確認して取り出す作業に当たった。採取量の目標は100mgと、初代はやぶさが持ち帰った1500個の微粒子を超えることが期待されていた。確認されたサンプル量は目標を大幅に上回る相当な量だ。目で見て分かるmmサイズの岩石のかけらが大量に入っており、しかも15日時点で確認されたのは3つのキャッチャー室のうち、第1回タッチダウンの分を収めたA室のみ。自然に舞い上がった粒子を受け止めたB室、第2回タッチダウンのC室を開封すれば一体どれほどの量が入っているのか、期待が膨らむ成果だった。そして12月18日に発表されたサンプル量はなんと約5.4グラム。目標の54倍という大量だった。

photo 12月15日の記者会見資料より、粒子確認の様子

 また分析チームは、カプセルから採取したガスが小惑星リュウグウ由来のものであると発表。ガスを分析した結果、地球の大気成分とは異なることが分かり、地球圏外から気体状態の物質のサンプルリターンは世界初だという。

 今後、分析チームは半年ほどかけて色や形などからサンプルを分類し、番号を付けてカタログ化する。はやぶさ2プロジェクトに参加した国内の大学がサンプルの15%を使って初期分析を行い、冒頭で述べた「鉱物・水・有機物相互作用に関する新たな知見」が得られるとすればこの段階だ。

 またはやぶさ2と協力関係にあり、20年10月に小惑星「ベンヌ」からサンプルを採取したNASAの「OSIRIS-REx」チームとは10%のサンプルを交換することになっている。そして国内外の科学者を対象とした国際公募を行い、世界の科学者がそれぞれの仮説に沿ってサンプルを調査する。

photo 帰還試料の分配スケジュール予定(JAXA提供)

 目標を大きく上回る量が採取されたことで、分析できることの範囲が広がった。分析チームに所属する東京大学の橘省吾教授は「予定を超える分析が可能になる」と期待をにじませた。はやぶさが採取した微粒子では難しかった、サンプルを砕く、薬品で溶かすといった手法を使える期待もあり、小惑星の物質科学が大いに進むと考えられる。

photo 帰還試料受入れ準備状況。クリーンチャンバーの構成(JAXA提供)

 サンプルから判明する成果として初めに期待できることは、水や炭素などの有機物の存在だ。水は鉱物と結びついた水酸基の状態で含まれていると考えられるが、太陽系の初期にどのような物質が存在したのか手掛かりが得られる。太陽系の歴史の解明も期待できる。

 小惑星リュウグウは、太陽系初期に存在した微惑星という天体の物質をとどめているとされる。地球のような大型の惑星と異なり、内部が高温高圧で溶けたことのない、分化していない物質だ。ただし微惑星からリュウグウに至るまで、何度も天体衝突と集積を繰り返した歴史があるとされ、リュウグウの母天体とされる小惑星「ポラナ」、小惑星「オイラリア」のどちらが本当の母天体なのか判明することも期待される。

 18年の小惑星近傍フェーズでは、科学観測機器が光学画像、近赤外、温度などのデータから小惑星リュウグウの素性を明らかにしようと観測を重ねてきた。これまでに米科学誌「Science」や英「Nature」などに掲載された成果があり、小惑星の詳細な形状と母天体、含水鉱物の分布、1日の温度変化と岩石の密度、クレーターから推測されるリュウグウ表面の年代などが分かっている。地球でサンプルを分析することによって、こうしたリュウグウでの観測結果の裏付けが得られる。例えばTIRはリュウグウの物質がもろくて細かい穴だらけの物質であることを明らかにしたが、物質そのものを調査すればその裏付けが得られる。

 また近傍フェーズの観測からの科学的成果が終わったわけではない。JAXAの吉川真ミッションマネジャーによれば12月時点で「さらに多くの論文が査読を通過しつつあり、掲載を待っている」状態とのことで、続々と今後公表されることが期待される。

photo はやぶさ2の光学航法カメラ「ONC-T」が12月6日午前8時50分に撮像した「行ってきます。地球」。地球中心からの距離は13万km(提供:JAXA、産総研、東京大、高知大、立教大、名古屋大、千葉工大、明治大、会津大)

 はやぶさ2探査機のミッションもまだ終わっていない。すでにカプセル分離後に地球を離れながら宇宙で長距離、高速、大容量通信を実現するレーザー光通信の実証を行っている。そして21年以降に正式決定すれば、新たなミッションに乗り出す。

 拡張ミッションでは、「1998 KY26」という小惑星の観測を最終目標としている。1998 KY26はリュウグウよりはるかに小さい直径30m程度の小惑星で、リュウグウやイトカワのようなラブルパイル(岩石が緩やかに集まった状態)ではなく全体が密な一枚岩の可能性がある。

 まだ探査されたことのないこうした小惑星に接近、ランデブーできれば、新しいサイエンスが開けるだけでなく、地球防衛の新たな手段まで模索できる可能性がある。直径数十m程度の小惑星は100〜200年に1度の割合で地球に接近、衝突する可能性がある。1908年のシベリアで起きたツングースカ大爆発や2013年のチェリャビンスク隕石のような事象がそれだ。はやぶさ2がこうした小惑星に接近、観測することで、小惑星の素性が明らかになり、地球衝突を回避するための手段の解明、プラネタリーディフェンスの技術の向上につながる。

 はやぶさ2のミッションも、サイエンスもまだまだ終わりにならない。サンプルのうち40%は将来の分析技術向上に備えて真空または窒素の容器に封入され保存される。延長ミッションの目標天体到達は11年後の2031年だ。今現役の科学者、宇宙工学者も、将来のサイエンティストたちも、末永くはやぶさ2の恩恵を受け続けるだろう。

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