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「ウチもメタバースに参入してみるか」を成功させる3つのポイント 日産の事例から探る(4/4 ページ)

» 2021年12月01日 12時25分 公開
[堀正岳ITmedia]
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ポイント3「VRコミュニティーの力を引き出す」

 今回のVR版NISSAN CROSSING制作やその後のイベントでは、VRChat界で活躍している一般のクリエイターに制作やスタッフを依頼しているという特徴もありました。

 例えば、VRワールドの制作には、ユーザーがあっと驚くようなギミックや演出を手掛けることで知られる「VR 蕎麦屋」ことタナベ氏が起用されています。2階に上がると聞こえてくる優しいBGMは、VRChatで音楽活動をしているSUSABI氏に楽曲を依頼しています。

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 それ以外にも、アバターのOculus Quest対応などといった技術サポート、イベント当日の案内スタッフ、遠藤氏と鵜飼氏に対するアバターの演技指導といった形で参加しているクリエイターもいて、全員が日産自動車の公式リリースに名前がクレジットされています。

 プレスツアーについても、既存の媒体に加え、VRに特化したWebメディアやVRコミュニティーのインフルエンサーの取材を募ることで効果的にVRコミュニティーに情報が拡散するようになっています。

 これをVRChatコミュニティー側の視点で見ると、「あの人が制作に参加しているのか」「あの人が話題にしているのか」と、知っている人の名前が出てくるだけでも心が動くきっかけとなります。

 精度の高い美しいワールドを制作すれば来場者が来てくれるはずといった距離を置いたアプローチではなく、企業側がVRに対してどう向き合うのか、どのようにVRコミュニティーを巻き込んでいくのかを考慮することが、今後企業のメタバース参入の成否を分けるポイントだといえます。

企業参入でVRコミュニティーがさらに発展する可能性も

 しかし、と反論するひともいるかもしれません。現時点ではVRを体験できるユーザーはそれほど多くありませんし、今回の仮想世界版NISSAN CROSSINGの訪問者数をWebページのPVのように考えた場合、そこまでメリットがあるといえるのか? という、もっともな論点です。

 この点について今回のワールド公開を主導した日産の広報に話をうかがうと、これは話題作りそのものよりも、長期的にVRコミュニティーの一員としてコミュニケーションするための足掛かりとして考えているという回答が得られました。

 今後、発表会や公開セミナーといったイベントをVR上で開催する場合でも、どこで開くかが課題になります。そこで、そうしたVR上での企業活動の拠点となるNISSAN CROSSINGを先に公開し、VRコミュニティー内での認知を高めておくことが第一歩となるわけです。

 メタバースは単に3次元で体験できる仮想空間というのにとどまらない、そこに人が集まる新しい公共空間です。インターネット上でWebサイトを作ること、SNSのアカウントを育てるのと同じように、VR内における企業の存在感は一歩ずつしか作れません。いまはその黎明期であるといえるでしょう。

 また一方で、VRコミュニティーの一部には「企業がやってくると既存のVR文化が破壊されてしまうのではないか」「牧歌的だったVRの雰囲気が、次第に窮屈になるのではないか」といった不安も耳にします。

 企業側も広報を目的としてVRに参入している以上は発信したい情報が明確にありますし、企業として可能な発信と不可能な発信があるのは仕方がありません。そうした企業文化と、一般ユーザーの視点がすれ違うのは、これまでの企業のWeb利用やSNS利用の歴史を振り返っても何度も見られた出来事です。

 しかし今回のNISSAN CROSSING公開で、企業が既存のVRコミュニティーと共存して情報発信をおこなうことができる可能性も見えてきました。

 NISSAN CROSSINGのワールドが公開された直後、ユーザーの手による突発的イベントがそこで開催されるという出来事がありました。

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 主催したのは、クリエイティブイベントSXSW(サウス・バイ・サウス・ウェスト)のアバター・ダンスコンテストで優勝を果たしたyoikami氏が団長をつとめるカソウ舞踏団で、その魅力的なダンスパフォーマンスを見るためにワールドの収容人数限界まで観客が殺到したのです。

 現実世界に当てはめるなら、これはギャラリーのこけら落とし後に一般のファンがフラッシュモブのイベントを開催し、そこにのべ100人ほどの観客が集まったことに相当しますので、現実には起こりにくい、VRならではの出来事といえます。

 企業である日産自動車がコミュニティーに向けて利用可能な空間をVR上に公開し、コミュニティーがそれを自由な発想で活用するこの光景は、SNS広報の一環で企業がユーザーにテーマを与えて自由な写真投稿や大喜利を募集する施策にも似ています。

 VRコミュニティーに配慮したコンテンツやネタを企業が提供し、コミュニティーがそれを自由な発想で楽しみ、それが結果的に企業の広報につながっていく。

 こうしたSNS上でも定番となった手法が、今後VRChatやclusterといったメタバース的なサービスでも増えていくことが予想されますし、それがVRコミュニティーにおけるクリエイターの活動をさらに広げる可能性もあります。

 企業であれ個人であれ、メタバースに参入する際にいかにしてVR空間上にコンテンツを置くのかといった技術的な問題は、比較的解決が楽なものです。本当に難しいのは、そこで活動しているユーザーの心をつかみ、VRコミュニティーの一部になっていくことです。

 そのハードルを乗り越えるには、実際にVRの世界を体験し、その一員となってしまうことが最も近道といえるでしょう。

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