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味をデジタル化する「電気味覚」の可能性(後編) 塩分制御システムやガム型デバイスなどの研究成果Innovative Tech(4/4 ページ)

» 2022年03月31日 12時00分 公開
[山下裕毅ITmedia]
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電気味覚を提示できる手袋型デバイス

 喉への電気刺激や、バッテリーレスの電気刺激など、多様な方面からの電気味覚研究が行われてきた流れで2019年には、「あらゆる金属製食器を電気味覚提示に用いる 手袋型デバイスの試作」を明治大学宮下研究室の研究チームが発表した。

 これまでの電気味覚の提示方法は、カトラリーやストロー、コップなど単一の食器に装置を付加させてきた。そのため複数の食器を用いる食事の場面では、それぞれの食器に機能を実装しなければならず効率が悪かった。

 この課題に挑戦するため、研究では手に着ける方法であらゆる金属製食器を電気味覚装置に変換する、手袋型デバイスを提案する。このデバイスは、人差し指で触れた金属製の食器を介して食材に電気味覚を付与できるため、金属製のスプーンやフォーク、コップなどさまざまな食器を適宜変えながら全てにおいて電気味覚の提示が行える。バナナなどの食品をダイレクトに手づかみしても同様の効果が得られる。

手袋型デバイスを装着した状態でバナナを持って食べると電気味覚を感じられる

 手袋型デバイスは、手袋の指先(人差し指の外側と小指の内側)に配置した電極と、手の甲に整備した電源で構成する。手袋型デバイスを装着した状態で金属製の食器や食品を持って食べると、人差し指より金属製の食器及び飲食物を介し、小指から人体を介すことで回路を形成し、舌に電気味覚を発生させる。

手袋型デバイスのシステム概要

 実際に電気味覚を提示できるかの実験では、金属製のスプーンとフォーク、コップを介して市販食品を試食し、また手づかみでバナナを食した。その結果、全ての飲食物に対して電気味覚の付与に成功。この結果から食器自体を改造せずとも、食器や食品を持ち替えるだけで電気味覚を提示できると実証した。

電気味覚で炭酸を増強

 これまでは味の制御に電気味覚を用いてきたが、法政大学の研究チームが2021年に発表した「電気味覚を活用した炭酸飲料の刺激増幅機能を有したコップ型デバイスの開発」は、炭酸飲料の炭酸の刺激を増幅するコップ型デバイスを提案した研究だ。

 炭酸飲料を飲むと同時に舌部に電気刺激を与え、炭酸刺激を増幅させるアプローチで清涼感や爽快感を維持する。

システムの概要

 コップの持ち手部分には銅の外部導電部を、コップの底部分には内部導電部を貼り付け、それぞれを電気刺激生成回路の陽極側導線と陰極側導線に接続。コップ下部には入力信号生成回路と電気刺激生成回路、オペアンプへの電源電圧供給回路を内蔵する。

 炭酸飲料をコップに注ぎ取っ手を持ち、口を付けて飲むと、電気は内部導電部や飲料、舌、手、外部導電部を介して流れ、電気回路として機能。これにより電気刺激が与えられ、炭酸が増幅した錯覚が得られる。

味を共有、配信できる未来はやってくるか

 電気味覚は1752年に発見されてから2010年以降、味覚を制御するための多様な工学的研究が行われてきた。塩味の増強、基本五味の制御、喉への提示、炭酸刺激の増幅など、今では食品を食べずに味だけを提供できるまでになった。さらには味の編集を行い、実世界では表現不可能な味も作り出せるようになった。

 このような現象はあくまで電気味覚だけによるもので、視覚(VR/AR体験との統合)や触覚(食感など)、嗅覚といった味覚以外の感覚器官を同時に刺激するクロスモーダル技術と組み合わせれば、より味覚の制御が効果的に行え臨場感が向上するだろう。

 その上、その場で味を記録する味センサー装置がよりコンパクトになれば、手軽に持ち運べる小さな味記録デバイスとしての販売、もしくはその装置がスマートフォンに組み込まれるケースも考えられるだろう。

 そうなると、写真や動画のように誰でもその場で味を記録し、スマートフォンアプリで編集後、SNSへ投稿するといったタスクが行えるようになるかもしれない。そして、ユーザーは家にいながらいつでも動画内に映る食品、もしくはVR内のバーチャル食品を味わえるようになるかもしれない。

 また、味の共有や配信だけでなく、味のデジタル化は他のシナリオも想定できると思うが、その辺りは読者のインスピレーションに任せたい。

 他方で、これら味覚体験はあくまで脳を錯覚させているだけにすぎず、その人のバックグランドやその場の情報量に勝るものではないため、これまでの視聴覚ベースと同じく“本当の体験”とは別物になることは再認識しておきたい。

 今回紹介した電気味覚の研究は味のみの提示なため、満腹感の向上や摂食障害の治療、嫌いな食品を食べられるようになるなどの効果は、また別の課題になることを留意したい。

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