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なぜ日本の放送は「IP化」が遅れたのか 放送と通信の間にあるマインドの“ズレ”新連載:小寺信良の「プロフェッショナル×DX」(2/2 ページ)

» 2022年11月30日 17時00分 公開
[小寺信良ITmedia]
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放送という分業組織とそれぞれのマインド

 日本の放送がIP化に踏み切れなかったのは、タイミングの問題もある。だがそれ以外にも、放送業界とIP業界が、実務レベルでお互いのマインドを知らなさすぎたという事もあるのではないかと思う。

 テレビ番組は、報道・情報番組やスポーツ中継といった「ライブ」と、事前に収録して編集する「制作」に分けられる。局内には収録できるスタジオもあるが、編集以降は外部のポストプロダクションに出す事が多い。

 従って局内の技術は「ライブ」と、制作した番組の「送出」、それらをまとめる「マスター」がメインとなる。従って放送局のIP化といった場合、主にリアルタイム伝送の話になる。一方放送局の外側で行なわれる「制作」では、リアルタイム伝送は必要ないので、ファイルベースの話になる。それぞれの守備範囲において、IPに求めるポイントが違っている。

 放送局内は主に「運用技術」になるので、安定性や安全性が重視される。ほとんどのコストは「監視」に費やされると言ってもいいのではないだろうか。マインド的には鉄道会社に近いレベルだと思っている。

 またネットワーク業界にはないマインドとして、「システムは自分達用にカスタムしてくれるもの」という前提がある。現在多くのクラウドビジネスは、クラウド上で提供されているツールがあって、それに自分達のビジネスを合わせ込むというスタイルである。一方放送業界では、「こっちのやり方にツールのほうを合わせてくれ」という考え方なので、そこで物別れになる事も多い。

 それもどうかと思われるかもしれないが、放送はShow Must Go Onな世界なので、途中で止められない。またこれまで安定運用するために積み上げてきたノウハウがあるので、それを変えた場合のリスクを考えると、なかなかガラリとは変えられないものなのである。

 一方ポストプロダクションなどの「制作技術」の場合、新しい表現や手法など、「よそにはないこと」を常に求めており、マインドとしては半分技術者、半分アーティストである。

 そういうマインドなので、まず概念や全体像から入るネットワーク・クラウド業界のプレゼンテーションは、ふんわりしすぎてピンと来ない。それは自分の業務にどうつながってくるのか、誰も橋渡ししてくれないからである。制作技術者は、まず実際に動作している結果を見て技術革新のポイントを把握し、使えるかどうか見極め、そこから細かいところを掘っていったり全体像を理解していくという考え方をするので、話の順序が逆なのである。

 そんなわけで放送と通信の業界は、お互いチャンスがありながら話がかみ合わない状況だったわけだが、話が変わってきたのがコロナ禍以降だ。それまでも、コストダウンのために中継車を出すのをやめてIPでリモートプロダクションしようという話は幾度も持ち上がっていたのだが、IPだとトラブルシューティングが難しいということで、実験程度に終わることが多かった。

 それが自分自身が感染や濃厚接触者となったり、局内でクラスタが発生して出勤停止になったりしてくると、今ある業務を少しずつでもリモートでやれるようにしていかないと、業務が回らないという状態になった。

 これなら割と話が早い。全体のシステムを一気に変えるとオオゴト過ぎるが、パートごとに切り分けて置き換えて行くという話だからだ。退路を残して前進、といった格好である。時間軸として止められない業務なので、困ったら実績のある以前のやり方に戻せるというのは、重要なポイントなのである。

 日本において、放送システムのIP化は一度見送ったバスだが、今度は同じIP化でも行き先が違うバスを探している状況にある。本連載で、その流れを追っていくこととしたい。

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