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SF小説を使った議論は“脳を刺激”した――LIXILが「SFプロトタイピング」で見つけたアイデアと希望LIXIL若手社員×SF作家・人間六度さん/柞刈湯葉さん(1/3 ページ)

» 2023年03月13日 07時30分 公開
[大橋博之ITmedia]

 こんにちは。SFプロトタイパーの大橋博之です。

 この連載では、僕が取り組んでいる「SFプロトタイピング」について語っていきます。SFプロトタイピングとは、SF的な思考で未来を考え、SF作品を創作するなどして企業のビジネスに活用するメソッドです。

 今回はSFプロトタイピングの実践事例として、住宅設備機器や建材を手掛けるLIXILの取り組みを紹介する記事の第3回目です。

 同社では2022年にイノベーションプロジェクト「未来共創計画」でSFプロトタイピングに取り組み、2023年2月15日に特設サイトを開設しました。完成したSF小説を公開するとともに、それを基にしたアイデアコンテスト「FUTURE LIFE CREATIVE AWARD」を3月14日まで実施中です。

photo アイデアコンテスト「FUTURE LIFE CREATIVE AWARD」の特設サイト

 今回はLIXILの若手社員と、SF小説を執筆したSF作家にスポットを当てた座談会をお届けします。

 お話をお伺いしたのは、平田知明輝さん(LIXIL Water Technology Japan 新規事業推進部 主幹)、設樂源大さん藤原未帆さん(共にLIXIL Housing Technology ビジネスインキュベーションセンター)に、SF作家の人間六度さん柞刈湯葉さんです。

※取材は、SF小説の完成前かつ特設サイト公開前に実施しました。取材後、記事の内容を一部アップデートして掲載しています。

photo 左からLIXILの設樂さん、SF作家の柞刈さん、LIXILの藤原さん、SF作家の人間さん、LIXILの平田さん(写真=山本誠)

“泡が出るシャワー”を製品化 LIXILの新規事業担当×SF作家

※以下、敬称略。

大橋 まずは、LIXILの皆さんがどのような業務をされているのかを教えてください。

平田 水まわりのプロダクトを開発する部署で、新規事業に携わっています。例えばシャワーからお湯ではなく、泡が出てきて全身を包み込んで洗える商品など、SFの世界にも通じるいままでにないようなプロダクトを実際に開発して事業化しています。

設樂 私は住宅建材を扱う部門で新規市場の開拓を担当しています。5年先、10年先の未来を見据え、そこからバックキャスティングして今の時代に何ができるのかという視点で事業を考え、プロダクトを創造しようとしています。

藤原 設樂さんと同じ部署で新規事業を担当しています。私が手掛けたプロダクトに「猫壁」(にゃんぺき)というキャットウォークがあります。住宅は趣味や嗜好に合わせてアップデートできるものです。「こうなったらいいな、あったらいいな」と思うものを形にしていくことができたら、暮らしはもっと良くなるのではと思ったことから猫壁が生まれました。お客さまとLIXILが接点を持てるプロダクトを開発したいと考えながら日々、業務に取り組んでいます。

大橋 皆さんはLIXILで新規事業を担当しているけれど、平田さんは水まわり、設樂さんと藤原さんはハウジングと分かれているということですね。続いて、SF作家のお二人も自己紹介をお願いします。

人間 2021年に「スター・シェイカー」でハヤカワSFコンテスト大賞、「きみは雪をみることができない」で電撃小説大賞メディアワークス文庫賞を受賞しデビューしました。(どちらもオスタハーゲンの鍵名義)。現在は大学に通いつつ、SFやロマンスを書いています。

 今回の未来共創計画では、「持続可能の土塊」(土塊:つちくれ)というSF小説を執筆しています。

柞刈 2016年に小説投稿サイト「カクヨム」に連載した「横浜駅SF」(イスカリオテの湯葉名義)が「カクヨムWeb小説コンテスト」のSF部門で大賞を受賞し、KADOKAWAで書籍化されてデビューしました。当時は大学勤務の生物学研究者だったのですが、今は専業作家として執筆活動をしています。

 未来共創計画では、「我が家の壁内細菌フローラ」というSF小説を執筆しています。

photo (写真=山本誠)

「持ち運べる壁」「成長する家」 SF小説を使った議論は“脳を刺激”した

大橋 イノベーションプロジェクトである未来共創計画との関わりについて教えてください。

平田 上司からいきなり「このSF小説を読んでくれ」とお願いされ、「何を言っているのだろう?」と思ったところからのスタートでした(笑) しかしその後、背景を聞いて「なるほど、面白い取り組みだな」と納得し、最初のドラフトバージョンのSF小説(非公開)を読ませていただいて感想や考えを伝えました。そして最終版を読み、今回の座談会に参加しています。

大橋 ドラフトバージョンのSF小説を読んで、どのような感想を持たれましたか?

平田 とても刺激的な経験でした。新規事業に携わる者として新しいことを考えることには慣れているつもりでしたが、実は枠にとらわれていたのだと気付かされました。SF小説内に登場した「持ち運べる壁」や「成長する家」という発想は僕にはありませんでした。だからこそ、自分自身、もっと面白いことができそうだと考えさせられました。

photo LIXILの平田さん(写真=山本誠)

設樂 僕も上司から「SF小説を読んでくれないか」と言われたことから始まりました。小説を読む際、一度目は今の仕事やLIXILの事業のことを忘れて、いち読者の目線でSF小説を楽しく読ませていただき、二度目はLIXILの視点で読んでみることで、いろいろな気付きがありました。家が植物に近づくというとても奇抜な考え方に触れ、自分も固定観念にとらわれていたのだと気付かされました。

藤原 私も同じです。新規事業では既成概念や前提条件を振り払って考えることが大事と言いつつも、どこかで聞いたことのあるアイデアから脱し切れないということはよくあります。でも、SF小説には全く聞いたことのない表現や単語が並んでいた。さらにSF小説を基にディスカッションをすると脳を刺激された感触がすごくありました。

大橋 業務とSF小説がかけ離れていたのでしょうか?

藤原 最初に5回くらい読みましたが、理解が進みませんでした。でも、「ここは業務のここと似ているぞ」と近づける部分があることに気付きました。例えば、表現は異なりますが、成長する住居というのは私たちの議論でも挙がるテーマです。そのようなところから自分たちがやっている業務とSF小説が少しずつ結びついていき、理解できるようになりました。

photo LIXILの藤原さん(写真=山本誠)

SFプロトタイピングの議論 負の文脈をどうプラスに変えるか

大橋 藤原さんの話に出て来た、社内メンバーで実施されたドラフトバージョンのSF小説を基にしたディスカッションに設樂さんも参加されたとか。そこでの感想を教えてください。

設樂 ディスカッションに参加したメンバーの気付きや視点が個々で違うというのが印象的でした。当然ですが、僕のストーリーの受け止め方と、他の人の受け止め方は視点が全く違っており、一つのSF小説から気付けることは十人十色というか、千差万別というか、その幅広さに感銘を受けました。また「生きている住宅」という世界観がLIXILの事業にとって面白く、参考になるという共通した気付きもありました。SFプロトタイピングを活用したディスカッションの奥深さに触れることができてとても面白かったです。

大橋 改めて藤原さんはどうでしたか?

藤原 ドラフトバージョンのSF小説は公開版とは違って、多少ネガティブな世界(デストピア)を表現したものが含まれていました。いままでネガティブ要素をディスカッションすることはあまりなかったので、逆に新鮮でした。負の文脈をどうプラスに変えていくか議論することは、SFプロトタイピングでなければできないことだったと思います。また、こうした議論も初めてだったので、不慣れ感がありつつも、刺激があったと感じています。

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