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未来予想ならコンサルよりもSFで──印刷の老舗が作家と考えた2050年 やって分かった固定観念の“塗り替え”SFプロトタイピングに取り組む方法(3/3 ページ)

» 2023年05月10日 07時30分 公開
[大橋博之ITmedia]
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“昭和の会社”をSFで変える 

大橋  そもそもSFプロトタイピングは、知っていたのですか?

黒木 SFプロトタイピングに関する書籍は読んでいました。ただ今回SFプロトタイピングに取り組んだ背景には、昔、アシモフのエッセイで「科学教育のためにはSFを読むのが一番だ」と書いていたのを読んだことがあって、確かにそうだなと思っていたことが根底にあります。科学の専門書を読んでもあまりよく分からない。でもSFから科学知識が身に付くことはあります。

大橋 アポロ計画を推進した科学者の中には、幼いころにSF作家ジュール・ヴェルヌの小説を読み、感銘したことで科学者を志したという人が多くいました。日本でも、僕がインタビューをさせていただいた宇宙航空研究開発機構(JAXA)の元理事・小澤秀司さんはテレビのSFドラマ「宇宙大作戦」(スタートレック)を見たことから、宇宙を目指すようになったと語っていました。また、メタバースという言葉はSF小説「スノウ・クラッシュ」から生まれたというのも有名な話です。SFが起源になっているものは意外に多くあります。

photo SFプロトタイピングやサカタインクスの未来について話す久下沼さん、黒木さん、田中さん

久下沼 私は、SFプロトタイピングは知りませんでした。黒木さんから提案されて、「こんなのがあるんだ」と思いました。初めて聞く研修でしたが、弊社は新しいことに挑戦しやすい環境でもあるので、やってみようとなりました。

大橋 新しく挑戦できる環境は大事ですね。歴史は大切ですが、そこだけに安住するより、SFを活用してこれまでにはない試みも推進されるのが良いと感じました。

田中 おっしゃる通りです。弊社は今まで、良い意味でも悪い意味でも“昭和の会社”としての風土が残っていたのですが、それではダメだと変わりつつあります。今までのサカタインクスでは新しいものは生まれてこない。企業風土を変えなければいけない。例えば部長や課長などと役付きで呼んでいたのを全て「さん付け」で呼ぶなど、小さいことから変えていこうとしています。

 先ほどの会議の話も、受け身になっている状態も変えていく。皆んなでサカタインクスの課題を話し合う。SFプロトタイピングといった新しいメソッドも活用して変革させたいと考えています。今、さまざまなことを同時進行で取り組んでいるところで、企業風土も変えていく途中です。今後、続けていけば、もっと活発な意見が出て来ると考えています。

大橋 それは期待しています。もっといろんなアイデアやビジネスが生まれるといいですね。歴史も実績もある企業なのに世間に知られていないのが残念に思います。もっと情報発信をされた方が良いと思いました。

田中 今までは弊社の認知度が高い印刷業界がターゲットで、営業マンが直接お客さまと話をすることでビジネスが成り立っており、広く情報発信をする必要性はそれほど高くないという考え方でした。しかし、もっと多くの人、つまりわれわれの顧客だけを見るのではなく、その先にいる顧客やこれから立ち上げようとしている新規事業につながる顧客、その他学生や投資家などさまざまなステークホルダーに「サカタインクスはこんなに面白い会社だよ」と知っていただきたい。そのために広報は積極的に情報発信をしていかなければいけないと考えています。

SFプロトタイピングで固定観念を“塗り”替える

大橋 松崎有理さんのSF小説「2050」は読まれましたか?

田中 もちろんです。予想だにしない展開でしたが、とても面白かったです。

大橋 作品の舞台は2050年の火星で、学者たちが主人公です。内容自体は、サカタインクスさんが目指す姿そのものではないのですが、未来は多様な働き方があり、そこにさまざまなエレクトロニクスが活用される可能性があることを描いたものです。(小説はこちらで読めます

田中 現実の技術の延長線上にあるこれが発展するとこうなると感じられて、とても納得させられました。

久下沼 SFプロトタイピングに参加した私としては、あの話し合いがこんなに壮大な物語になるのはすごいという言葉に尽きます。確かに火星に行きたいと言ったけれど、それが本当に物語になるんだと驚きました。こういう成果物ができるなら、もっといろいろ意見を言っておけばよかったと思いました(笑)。

黒木 松崎さんは注目していた作家さんだったので、リアルに作品が出来上がったのに感動しました。科学的に間違っているんじゃないかと意地悪な目で読んでみました。例えば「火星の朝焼けは青い」と書いてあって、それは違うだろうと思って調べてみると、本当に青いらしい。オリンポス山が休火山とあるのも、調べてみると本当に休火山。相当調べて書いていると分かって驚きました。

大橋 今後もSFプロトタイピングに取り組まれる考えはありますか?

田中 今回の作品では、サカタインクスとの関りがあまり感じられなかったのが少し残念なところでした。もっと、サカタインクスが発展するとこんなことで社会に貢献できるということが垣間見られると、社員が読んだ時に面白く感じられたと思いました。

黒木 それは、エレクトロニクスをテーマにしたことが影響していると思います。テーマが広すぎたのが反省点ですね。もっと絞った方が良かったと思っています。例えばインキの未来とか……。

大橋 インキの未来は面白いと思います。先ほど、インキは紙に使うだけじゃなくて、衣服や建材などさまざまなところで使われているとおっしゃっていました。今はインキの概念も変わっていると思うので、例えばインキでロボットを作るとか、いろいろと考えられると思います。

久下沼 インキの専門家だけに「インキは印刷にしか使えない」という固定観念が社員にはあります。インキはこれ以上広がらないと勝手に思い込んでいる。それを変えるのは面白いかもしれません。

大橋 「固定観念を塗り替える」のは、インキだけに良いと思います(笑)。今はさまざまなものの概念が変化しています。インキを従来のインキと捉えず、自由に発想するのも良いかもしれません。

久下沼 研究員だけでなく、いろんな部署で取り組むのも面白そうですね。

田中 研究員だと、現実味のある発想じゃないといけないと思い込んでしまっているところもあると思います。研究員じゃない方が、バカバカしい発想が出てくるかもしれません。

黒木 その発想を研究員に展開するのもあるでしょうね。

大橋 次はぜひ、「インキの未来」をテーマにSFプロトタイピングをやりましょう。ありがとうございました。


 サカタインクスでは、新規事業や企業の変革のためにSFプロトタイピングを活用しようと考えました。頭を柔らかくすることや、斜め45度に飛ぶことは、これからの企業に求められていることだと思いました。僕としては引き続き、サカタインクスを支援していきたいと考えています。

 SFプロトタイピングに興味がある、取り組んでみたい、もしくは取り組んでいるという方がいらっしゃいましたら、ITmedia NEWS編集部までご連絡ください。SFプロトタイパーの僕がSFプロトタイピングを提供すると共に、この連載で紹介させていただきたいと考えています。

連載:「SFプロトタイピング」で“未来のイノベーション”を起こせ!

SF《サイエンスフィクション》をビジネスに活用する「SFプロトタイピング」。現実を取り払って“未来のイノベーション”を生み出す可能性を秘めた取り組みの最前線を追う。

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