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未来予想ならコンサルよりもSFで──印刷の老舗が作家と考えた2050年 やって分かった固定観念の“塗り替え”SFプロトタイピングに取り組む方法(1/3 ページ)

» 2023年05月10日 07時30分 公開
[大橋博之ITmedia]

 新規事業を創造しようにもコンサルティング会社の未来予想は外れがち。それなら「SF」で想像力を膨らませて未来を予想してみよう――こんな取り組みをしたのが、明治に創業した印刷インキ大手のサカタインクスさん(大阪市西区/東京都文京区)です。

 同社は2022年に、SF的な思考をビジネスに活用する手法「SFプロトタイピング」を実践しました。「未来年表」を作って2050年を想像し、SF作家と議論をしてSF小説を制作。取り組みを通して新たな発想を生める柔らかい頭を作ると同時に、描いた未来像を基に今すべきことを考えることを目的としました。

 サカタインクスさんがSF活用で得たものはどのようなものでしょうか。SFプロトタイピングを提供したSFプロトタイパーの大橋博之さんが取材しました。(ITmedia NEWS編集部)

photo 完成したSF小説「2050」の扉絵。火星で活動する研究者チームが主人公

 こんにちは。SFプロトタイパーの大橋です。この連載では、僕が取り組んでいるSFプロトタイピングについて語っていきます。SFプロトタイピングとは、SF的な思考で未来を考え、SF作品を創作するなどして企業のビジネスに活用するメソッドです。

 今回は僕が2022年にSFプロトタイピングを提供した、 サカタインクスの事例を紹介します。

 サカタインクスの創業は1896年(明治29年)。印刷インキ業界で高いシェアを誇る大手企業です。さらなる成長のために2021年、長期ビジョン「SAKATA INX VISION 2030」を掲げ、「環境・バイオケミカル」「エナジーケミカル」「エレクトロニクスケミカル」「オプトケミカル」の4分野で 新規事業を創造しようとしています。

 SFプロトタイピングには、主にエレクトロニクスケミカルを担当するメンバーを中心として計13人が参加。 (1)新製品や新技術の開発の参考にする、(2)市場から考えるのではなく、未来から考えるためのトレーニングを目的とし、「エレクトロニクス」をテーマとして、2050年の未来を想定して行われました。

 SF作品の執筆を担当したのは、SF作家の松崎有理さん。ファシリテーションは僕が務め、第1回目はフォーキャスティング(現状から未来を予測する手法)で未来年表を作成し、第2回目では松崎さんも参加して2050年の未来を考えました。その後、松崎さんにSF小説を執筆していただき、第3回目では出来上がったSF小説「2050」を基に、描かれた世界を作るためには今、何をすべきかをバックキャスティング(未来像を実現するまでの道のりを考える手法)で議論しました。

 完成したSF小説「2050』は、松崎さんのWebサイトで読むことができます。

 取り組みに至った経緯や感想などをサカタインクスの田中健一さん(広報・IR室 マネージャー)、事務局を務めた黒木正勝さん(研究開発本部 第一研究部)、SFプロトタイピングに参加した久下沼梨紗さん(研究開発本部 開発企画部)に伺いました。

なぜSF活用に踏み出した? 印刷インキ老舗の試みに迫る

※以下、敬称略

大橋 サカタインクスさんは、どのような会社なのでしょうか?

田中 創業が1896年(明治29年)という、歴史ある会社です。日清戦争が終わった翌年で、創業者である阪田恒四郎が一旗揚げようと広島から大阪に出てきたのが始まりです。当時、新聞がとても売れていました。多くの国民が日清戦争の戦況をいち早く知りたいと思い、戦後も「これから世の中はどうなるのだろう?」と新聞報道に関心を持っていたからです。阪田は新聞用インキを作るともうかると考え、個人商店である阪田インキ製造所を設立し、新聞用インキの製造・販売を開始しました。

 そこから順調に成長を続け、現在ではグループ連結の売り上げが2155億円(2022年度)、社員数も連結で4862人(2022年末現在)となり、国内のみならず21の国と地域にも事業展開するまでになりました。

photo サカタインクスの田中健一さん(広報・IR室 マネージャー)

大橋 企業としての課題にはどのようなことがありますか?

田中 やはり、デジタルメディアの急激な普及でインキの需要が減っていることです。国内では2006年に情報メディア関連のインキ出荷量がピークを迎え、今は半減という状態です。そのため情報メディア向け印刷インキ事業の継続を図りつつ、世界的に需要が伸びている分野である食品や飲料、生活雑貨などの商品パッケージ用の印刷インキに注力しています。また業務用プリンタのインクも手掛けており、インクジェットプリンタは紙だけでなく衣服や建材など用途が広がっています。さらにスマートフォンなど液晶パネルの発色材料などにも展開しています。

大橋 失礼ながら、社名はあまり一般には知られていないですよね。

田中 B2Bの会社なので、一般的な知名度が低いのは確かです。しかし、印刷インキというニッチな世界ですが、製品レベルは高く、印刷インキメーカーの中でも世界トップクラスです。

大橋 インキ以外にも進出されようとしていますよね。

田中 サカタインクスが持つ、インキを作る際の基礎技術である樹脂合成技術や分散・加工技術を、インキとは全く違う分野に展開しようとしています。そのため、数多くの新規事業の立ち上げに向けた挑戦をしています。

大橋 それが、SFプロトタイピングに取り組むことになった理由でもありますよね。

久下沼 2022年に行ったSFプロトタイピングでは2050年の未来を議論したのですが、その2年前に社内で「2030年のサカタインクスはどうなっているか?」を議論する機会がありました。そのときに出た4つの注力分野の中から新規事業を作っていこうと、長期ビジョンSAKATA INX VISION 2030の中で掲げました。

 このビジョンでは「人々の快適な暮らしへの貢献」「持続可能な社会の実現」を目指し、たくさんの事業の種を見つけ、さまざまな可能性を探ろうとしており、この新規事業への取り組みは「2022年12月期 決算説明会」(PDF資料)でも報告しています。

 SFプロトタイピングに主に参加したのは、注力分野の一つであるエレクトロニクスケミカルを担当しているメンバーでした。

photo サカタインクスの久下沼梨紗さん(研究開発本部 開発企画部)
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