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「科学技術の未来予測はダメ」 指摘から20余年、「SF」は解決の糸口に? 国の機関が気付いた“人中心の社会”の描き方SFプロトタイピングに取り組む方法(2/4 ページ)

» 2023年05月22日 07時30分 公開
[大橋博之ITmedia]

予測調査は“技術マッチョな未来” 生活を物語で描けるSFプロトタイピングの魅力

大橋 初めて「第11回科学技術予測調査 S&T Foresight 2019」を興味深く読ませていただきました。社会の未来像を見ると「時空を超えてつながる社会」「五感を伝えて、遠く離れている同士がリアリティーを持ってつながる」など、SF的な要素がたくさんあります。

第11回科学技術予測調査 S&T Foresight 2019について

 2040年をターゲットイヤーに設定し、科学技術と社会という2つの側面から予測調査を実施。702の科学技術トピックについて、その未来像を産学官の専門家5300人超に聞きました。また国内外の約500人の参加者によるワークショップで社会の未来像と価値観を検討しました。

 報告書では「リアルとバーチャルの調和」「人間機能の維持回復とデジタルアシスタントの融合による『個性』の拡張」など4つの社会からなる基本シナリオが描かれました。また、未来を創る科学技術8領域をピックアップ、AIや量子コンピューティング、高度なバイオモニタリング技術、地球環境モニタリングなどが挙げられました。社会の未来像検討では、AIによる社会格差の解消などのメリットや国家と巨大IT企業のパワーバランス崩壊といったデメリットなども挙げられています。

photo 調査で描いた未来像やポテンシャルが高い科学技術領域(同調査の概要資料より)

大橋 NSTEPはSFプロトタイピングに興味を持っているとお伺いしたのですが、どうしてなのですか?

岡村 例えば第11回科学技術予測調査では、科学技術トピックに生体を傷つけずに脳機能を細胞レベルで測定できる技術「脳機能イメージング」があり、それが「人間らしくいられる社会」の実現につながると説明しています。しかしこれだけでは、専門家以外は脳機能イメージングで「なぜ」人間らしくいられる社会が実現するのかが伝わりません。そこにはネガティブなことも含めて、大きなギャップがあるので、「なぜ」を埋める必要があると考えていました。

 脳機能イメージングによって人間らしくいられる社会になっていくにはさまざまなステップがあり、いろいろなストーリーがあるはずです。それをSFプロトタイピングでストーリーを作って埋めていくことができるのではないか。技術と未来の生活や社会のつながりが鮮明に見えて来るのではないか。補完しうる関係になると考えたからです。

大橋 科学技術予測調査に難しさや課題があるということですね。

岡村 私は前回の調査に関わっていないのですが、出来上がった報告書を見ると、科学技術万能感にあふれた “マッチョな未来像”だと思いました。

 科学技術予測調査では、5000人近い研究者の知見を集めており、とても貴重なものです。本当に社会を変えている人たちに調査を行っているので、エッジの効いた未来像です。

 ただし「技術的にできるからこういう社会になる」というのは、それはそれでいいところもありますが、それは果たして人間中心なのかなと思うこともあります。研究者が語る未来は、彼らが夢を持って取り組んでいる延長線です。でも、それはわれわれが求めているものなのか? そこは考えなければいけないところだと思っています。

大橋 SFプロトタイピングを用いることで、未来では人は技術を使ってどのような生活をしているのかを物語として描くことができます。その点でも補完の関係になりそうですね。

科学万能の時代ではない 変わる価値観に向き合う難しさ

黒木 昔の技術予測は今よりシンプルでした。科学技術万能と期待された時代もありましたが、今は科学技術予測に求められるものが複雑になっていて、それに対応して調査も複雑になっています。いろいろな視点で見ないといけないし、打ち出し方が難しいところがあります。

 予測調査成果で「こんなビジョンがある」といわれると「なるほど」と思うのですが、実は成果としてまとめる過程で抜け落ちる情報もかなりあります。見せ方も工夫しなければなりません。そこをどう対応するかが課題だと感じています。

大橋 もう、科学万能の時代ではありませんからね。

黒木 多様性の時代では、当然、個人ごとに望ましいことは異なります。例えば健康医療に関する意見で「自分は太く短い人生の方がいい」という方がいても、最終的に出てきた基本シナリオでは「長生きの人生」など“バラ色の未来”になる。まとめる側の意識が影響してしまいます。そもそも「これ以上科学技術はいらない」という人がいてもいい。いろいろな意見があり、いろいろな常識がある。ただ、それぞれがマジョリティーなのかマイノリティーなのかが分からないところがある。そこは難しいところです。

photo 予測調査について話す黒木さん

大橋 確かに方向性を統一することで、少数意見が排除されてしまうこともありますよね。

黒木 結果的にはビジョンはビジョン、科学は科学として、最初に目標となる未来像を描いてから実現までの道のりを考える「バックキャスティング」と現状から未来を予測する「フォアキャスティング」を融合する。フォアキャスティングの調査をするときに、調査の設計段階から並行してバックキャスティングをどう活用するかを考えないといけません。人々の価値観は変わります。COVID-19で変わってしまった価値観もあるでしょう。調査結果をまとめる段階になって、現段階の価値観と全く変わることもあるので難しさを感じています。

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