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「科学技術の未来予測はダメ」 指摘から20余年、「SF」は解決の糸口に? 国の機関が気付いた“人中心の社会”の描き方SFプロトタイピングに取り組む方法(4/4 ページ)

» 2023年05月22日 07時30分 公開
[大橋博之ITmedia]
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若者に聞く「理想的な未来」 4時間のワークショップに込めた思い

岡村 次回の完成は2024年ですが、ビジョニングは2022年からスタートしています。

 そのために、若い人たちを集めて理想的な未来を描くワークショップ「みんなで創ろう2045/55の社会ビジョン」を2022年11月に4時間かけて行いました。地方の方にも参加していただきたかったので、オフラインとオンラインのハイブリッドにして。大学生が中心ですが、高校生が数名に20代の社会人など、約30人が集まりました。

ワークショップ:みんなで創ろう2045/55の社会ビジョン

 20〜30年後を想定し、想像力や空想力を駆使して、未来における個人や社会の望ましい姿や方向性について考えたワークショップです。2人組になって「これまでの人生で影響を受けたことは?」「25年後、想像もしていないことが起きました。どんなことが起きていますか?」などについて話し合った後、4人組で対話するというプロセスを複数回繰り返す。そして年表(タイムライン)やイラストを描いて共有しました。ワークショップの進め方はこちら

photo ワークショップに向けて画像生成AI「Stable Diffusion」で描いた2045〜2055年の未来像(ワークショップの紹介サイトより)

岡村 今までは専門家の知見を重要視していたのですが、20年後、30年後に社会はどのようになってほしいかを、その時代に主役となっている若者の声を聞きたい、専門的な知見はないかもしれないけれど、彼らの地に足を着けた今の感覚や多様な声を取り入れたいという思いがありました。若者のワークショップは初めてだったのですが、これまでのシニアの男性に聞くことが多かったことから変えたいということが強くありました。

 ただわれわれができる範囲も限られているため、人集めには苦労しました。1回目は実験的な意味もあって成功だと思いますが、もっといろいろな地域や属性を持った人たちを集めて大規模で行いたいと考えています。

 ビジョンとは、掲げることでそこに向かっていく道しるべとなるものです。自分たちの価値観が反映されていないと、ビジョンとしての意味はありません。共感できないものでは、「あそこに向かって行こう」とはならないと思います。まず、自分たちの価値観の軸がどこにあるのかを深掘りするところから始めたので、とっぴなビジョンはあまり出てきていません。もちろん、新しいと思えることは多少あります。それよりも質の高いつながりを重視し、いろいろな属性で縛られていたものから解放し、本当にこういう社会があったらいいと思える、個々の価値観に寄り添ったビジョンを出してもらいました。

大橋 それは楽しそうなワークショップですね。

岡村 ワークショップの方法は、われわれも手探りだったので、海外のフォーサイト専門家の中でビジョニングを行っている人たちにヒアリングをし、手法を調べた上でワークショップを行いました。さまざまなものを取り入れましたが、例えば、最初に自分の過去を振り返って大切にしている価値観とは何かを明確にしました。その上で、将来どうなってほしいか、何が変わって欲しくないかや、今の“当たり前”がそのまま続くとして逆に何が変わっていてほしいかを問いかける。誰もが未来を議論することに慣れているわけではないので、1対1で対話をすることを何度も繰り返しました。グループだと言えないことでも1対1なら言えます。それを基に、未来に向けたタイムラインを作るという順序を取りました。

 また、言語化できないことはイラストやスケッチを描いてもらいました。そのことで、言語化できないことの抽出が重要だと改めて思いました。

 さらに、ネガティブなことを考えてもらい、それをどうポジティブに変えていくかを議論しました。そこでは常にわれわれも一緒になって未来を考えるスタンスでした。どうしても調査する側と対象者の関係になりがちですが、それはしたくはありませんでした。

photo

大橋 それはとても興味深いです。多くの企業が若者に未来を考えてもらう取り組みを行っています。子どもの発想を聞こうとしている企業・機関もあります。

黒木 前回の科学技術予測調査で報告書をまとめる段階でも、さまざまな意見が出てきました。最終的な成果物としては理想の社会像と暮らし方にまとまっていますが、人によってはユートピアがディストピアになり得ます。本当にみんながそれを求めているかというと、分かりません。今回のワークショップでは、あくまでも個人の価値観という段階でまとめられているのがいいと個人的には思っています。するといろいろな対応が出来ます。別々の価値観から出て来る理想の社会は結果的に同じかもしれないけれど、別の価値観を持っている人が集まっているというのが、ポイントになっています。

岡村 世代によって科学技術に対する期待や希望は全然違います。われわれが怖いと思ったことでも、今の若い世代は怖くないと捉えていたりします。もちろん、その反対もあります。話を聞いてみることは本当に重要です。われわれの規模は小さいですが、さまざまな取り組みをここ数年で始めています。

未来に建設的に向き合う そのためのフォーサイトやSFプロトタイピング

大橋 未来を、どうお考えですか?

小倉 私もワークショップに参加したのですが、情緒的な欲求が多かったという印象です。今まで人間性を求めることはあったと思いますが、もっと踏み込んで、未来に「心を読めるシステム」があると面白いと思います。

黒木 私には子どもが2人いるのですが、彼らが大人になったときのことをよく考えます。よく、「未来に夢を持て」と言いますが、この時代に夢を持てというのは酷かもしれない。むしろ、夢を持っていなくとも何も言われない時代が来るといいのかもしれません。本当に多様性があるなら多様性を強いることもないはずです。もっと柔軟になればいいですね。

 その一方で、絶対にあったらいいと思うのは、人とのつながりです。ワークショップの結果を見ても、若い人たちも誰かとつながっていたいと思っている。パーソナルを大事にするけれど、社会と断絶したいとは思っていない。孤独ではないことが大事だと思います。困ったときに助けてくれる、そういう存在があるといいと思います。技術の話はその延長かもしれません。困ったときに救いがある未来であってほしいです。

 人々のニーズは変化しています。壁掛けテレビが“未来”だったのが、現代ではテレビを見ない人がたくさんいます。人によってほしいものは違います。今の子どもが大人になったときにほしい物は分からないけれど、つながりを欲しがらない人はいないと信じています。

photo 未来について語る様子

岡村 今は、地政学的なリスクなど、将来に対してネガティブな見方が大半です。その理由はいくらでもあります。AIに仕事が奪われるのではないかとか。私としてはそれをポジティブにしていくことも可能だと考えています。未来に不安があったとしても、未来に対して建設的に向き合っていくことは可能なはずです。そのためにフォーサイトやSFプロトタイピングというツールが必要だと思います。

 未来がどうあってほしいかというと、いろいろな制約があるけれど、自分らしさは大事にしたい。技術が発展してできることは変わるけれど、源氏物語を読むと共感したり、心が揺れ動いたり。そういうものはきっと変わりません。変わらないものは何かを一緒に見ていく必要があると強く思います。

横尾 若い人たちは承認欲求やありのままの自分でいたいという欲求が強い気がします。将来がイケイケドンドンではないと考えている若者は多いといわれています。私は「生きていても仕方ない」と思う人がいない世界になってほしいですね。

大橋 ありがとうございました。


 NISTEPは科学技術予測調査において、SFプロトタイピングが役に立つのではないかと考えているとのことでした。さまざまなアプローチ方法がある中、SFプロトタイピングを一つのツールとして活用するという取り組みは、実現すると面白くなりそうです。僕としてもぜひ、協力させていただきたいと考えています。

 SFプロトタイピングに興味がある、取り組んでみたい、もしくは取り組んでいるという方がいらっしゃいましたら、ITmedia NEWS編集部までご連絡ください。SFプロトタイパーの僕がSFプロトタイピングを提供すると共に、この連載で紹介させていただきたいと考えています。

連載:「SFプロトタイピング」で“未来のイノベーション”を起こせ!

SF《サイエンスフィクション》をビジネスに活用する「SFプロトタイピング」。現実を取り払って“未来のイノベーション”を生み出す可能性を秘めた取り組みの最前線を追う。

「SFプロトタイピング」で“未来のイノベーション”を起こせ!
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