今回の発表では「メタバース」という言葉は一切使われなかった。
最近また「結局メタバースはダメなのか」という報道もあるし、「Appleはメタバースが嫌いなのだろう」と思う人もいそうだ。だが、これはちょっと見方が異なる。Appleが目指したのはあくまで「空間コンピュータ」である、と考えると納得がいく。
メタバースと呼ばれるものは、別の言葉を使うなら「コミュニケーション・ワールド」だ。ネットを介して誰かと会う、誰かと同じ空間を共有するのは大きな可能性を持つ用途である。
だが、Appleはそこに踏み込んでいない。家族や友人とのメッセージングなどは対応した形ではあるが、独自のコミュニケーション・ワールドは作っていないし、他社サービスの対応についてもコメントしていない。
あくまで「普段なにげなく生活している実空間をディスプレイとして使うと、どのようなコンピューティング体験があるのか」にこだわった設計がなされているので、そのようなメッセージングを出している、ということだ。
Metaと比較すると分かりやすいだろう。
彼らはSNSの会社なので、コミュニケーション・ワールドであるメタバースとサービスが地続きだ。だから、デバイスを作る際にも「空間コンピューティング」「コミュニケーション・ワールド」「ゲーム」という3つの軸を全て考えて作ることになる。ゲームについては、彼らがデバイスを売る上で最も手堅い領域なので、アピールするのが必然だ。
同じような技術を使いながらも、企業によって向いている方向・出すメッセージは異なってくる。
だから「AがヒットしたからBがダメ」という話でもない、と想定できる。価格ゾーンも変わるし、快適さも変わる。
Vision Proはスタンドアロンタイプとしては高性能なコンピュータだが、メインプロセッサである「Apple M2」に、ハイエンドGPUを搭載したPCほどのGPU性能はない。ハイエンドなゲームや「VRChat」などのコミュニケーションサービスにこだわるなら、あえてPC接続を前提としたデバイスを使う、という選択肢もあるだろう。
そのために、ShiftallやBigscreenなどが、軽量なHMDを作っている。Shiftallの「MeganeX」は330gで、Bigscreenの「Bigscreen Beyond」は127gしかない。Vision Proは1ポンド(約450g)くらいの重量があるので、別の美点があるだろう。用途が明確に違うのだ。
低価格でゲームをするとか、映像をちょっと見るなら、今あるデバイスにも魅力はある。最近は「XREAL Air」のようなサングラス型機器も出てきていて、コストと体験のバランス、という意味では悪くない。
一方で、「空間コンピューティング」の可能性という意味で、Appleはあまりに完成度の高いものを示しすぎた。そこが驚きだ。他とは隔絶したレベルを一気に、デモではなく製品として提示した。
確かに価格は高いが、Vision Proが示した完成度が1つの基準として語られることになるだろう。そのくらい隔絶した体験だ。
最大の問題は「この文章ですら、体験の一部しか伝えられていないこと」なのだが。
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