山田 なるほど。今日聞きたいと思っていたことの一つには、(稲見先生の研究テーマである)身体拡張って他人との差を開くものじゃないですか。そこには摩擦や、ネガティブなことが起こりうるリスクもあると思うんですが、これが社会に普及していく段階ではどんなバランスの取り方やルールメイキングがあるのかと。
稲見 これはいくつか論点があると思っていまして、よくこの工学系の分野で身体拡張やその類似した近接領域の技術として「補綴工学」(ほてつこうがく)というものがあります。
それは、けがや事故などで失ってしまった身体機能を義手や義足などでどう取り戻すか?ということで、実はそれがロボット研究の源流だったりして、非常に重要な研究領域です。
補綴の基本的な目標は、いかに元々あった手足に近づけるか。道のりは最適解があればある意味一直線。で、それに対してその拡張というのは、ちょっと面白い事例がありまして。
日本科学未来館で、レゴで6本目の指を付けましょうというワークショップをやったんですけども、そしたらですね。指を動かして遊んでいるうちに小学生が6本目の指をデコり始めたんですよ。
これってもしかすると拡張の面白い性質かもしれない。なくなってしまったものを補うのは、マイナスを0に戻すのと同じでスタンダードに近づくこと。ただ、元からなかったものを増やしたりするときには多様性がかえって生まれるんじゃないか、ということですね。
お腹が減っているときの食べ物はそれこそバランス栄養食とか何でもいいかもしれないですが、お腹がそこそこ満たされたときには「じゃあちょっとデザートで何食べたい」とか「今晩何を食べよう」といったさまざまな選択肢がある。だから、実は拡張というのは社会の選択肢を増やすことに繋がりやすくなるんじゃないでしょうか。
シン・仮面ライダーで言うと、SHOCKER(ショッカー)側の方が多様性がある。それぞれの欲望があって、それに忠実に「オーグメンテーション」(編注:拡張の意。シン・仮面ライダーにおいては人以外の生物の能力を獲得すること。山田さんは映画版の脚本協力と漫画版の原作で関わっている)をするからみんなそれぞれ全然違う能力を手に入れる。
それがまず一つ。私は「社会にとって多様性は価値だ」という立場なので、そういう考え方があってもいい。
もう一つが、じゃあ一体何をもって公平とするかという話。1の努力をして1の成果が出る人と、1の努力をして10の成果が出る人がいたときに「努力したときにどれだけ伸びたか」をうまく均一化してあげることができれば、みんながより同じようなチャレンジをできるようになるんじゃないかというのが、我々が考えている理想の一つですね。
それでやっている研究に「電動アシスト綱引き」というのがあります。2人で綱引きするんですけど、後ろからモーターで引っ張ってもいる。
すると、どんな力の差があっても大体伯仲するくらいにはできるんですよ。しかもこれのポイントは、電動アシスト自転車のように後ろから押されるような感覚はなくて、モーターの存在に気付かないように黒子的な制御をしていること。それがすごく大切。
そうすると、子供でも大人が手加減していないということが分かって、勝つとめちゃくちゃ喜ぶ。体格差や性別、障害の有無であらかじめ勝ち負けが分かっている勝負は面白くない。それなりに勝ち負けが分かれて、しかも頑張ると本当にちょっと強くなる。
そんな世界にできるならば、それはテクノロジーが入るひとつのフェアな形なんじゃないかなと。その世界観をあらゆるシーンでやっているのがAIの遺電子の世界だと思うんですよね。
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