節電に成功しても、不快と感じる照明環境は失敗作節電しながら快適かつ創造力を発揮できる照明環境(1)

節電のために天井照明を間引いたり、LED照明に入れ替えたりという策を打っているオフィスは多い。しかし単純な対策では、節電はできてもオフィスがあまり快適とはいえない空間になってしまうこともある。この連載では節電を達成しながら、快適で人間が創造力を発揮できる照明空間を作る方法を解説していく。

» 2012年11月08日 11時00分 公開
[八木佳子/イトーキ,スマートジャパン]

 2011年の東日本大震災以来、節電はどの企業にとっても避けて通れない大きな課題となった。震災が発生した年は、節電対策を打とうにも時間に余裕がなく、心理的に緊迫していたせいか、あちこちのオフィスが照明器具の間引きという簡単に済む方法でとりあえずしのいだ。「もっとも手軽で効果が高そう」に見えたので、多くの企業が実施したようだ。

 2012年に入ると蛍光灯をLED照明に入れ換えるなど手間と費用をかけて、より節電効果の高い対策を打つオフィスが増えた。「昨年は働き方のシフトの工夫など、ほかの対策でしのいだので、照明の節電対策はこれから」、というところもあるだろう。

 これから照明の節電対策を考えるなら、付け焼刃ではなく確実に高い効果を見込める策を考えたいものだ。せっかく手間と費用をかけるなら、単なる節電対策に終わらせるのももったいない。もう一工夫加えて、節電しながらオフィスをより快適にしたり、働く人が創造力を発揮できるような環境を作る。節電だけでなくこのような「プラスα」の価値を生み出せれば、これほど良い話はないだろう。

 「そんなうまい話があるものか」と思う人もいるだろう。確かに単純に灯具を間引いたり種類を変えたりするような小手先の対策ではそんなことは到底出来ない。光の特性や人間の感覚に関する知見に基づいて設計すること。明確な意図を持って設計すること。そして、作った環境を活用するには正しく運用することが大切だ。「プラスα」の価値を生み出す照明の節電対策を立てるために必要な基礎的な知識から説明を始めよう。

タスク&アンビエント照明

 オフィスで照明の節電対策を考えるとき、必ず覚えておいてもらいたいのが多灯分散照明方式、いわゆる「タスク&アンビエント」という考え方だ。オフィスの執務室など、1つの空間を十分明るくする部分と、それほど明るくしない部分に分けて、必要な部分だけを十分明るくするという考え方だ。

図1 タスク&アンビエント照明の考え方。天井照明だけで机上を明るく照らそうとせず、机上に近い位置からの光源も利用して必要な部分を明るく照らす。出典:イトーキ

 一般的なオフィスでは、照明器具は天井に付いている。建物を施工するときや、改装するときにあらかじめ付けてしまうことが普通だ。オフィスを使い始める前の施工の段階で付けてしまうため、それほど明るくする必要がない場所を特定できない。その結果、施工の段階では室内全体がなるべく均一に十分な明るさになるように計画を立てる。

 しかし実際には、全体に机をぎっしり並べたようなオフィスなど存在しない。必ず通路や小さな打ち合わせコーナーなど、それほど明るくする必要がない場所ができるものだ。

 このように、それほど明るくしなくても良い場所と、明るくしなければならない場所がはっきり分かったら、部屋全体(アンビエント:周囲の環境という意味)を少し暗くして、明るくしなければならない机上面をタスクライトで照らして補うようにする。こうすると照明器具全体が消費する電力を減らせる。

 タスク&アンビエント照明という考え方は特別新しいものではない。かつて流行の兆しを見せたこともあるそうだが、結局は普及せずに多くの人がその存在を忘れてしまった。流行しなかった理由としては、節電ということを切実に考える必要がなかったという点が挙げられる。そしてもう1つ、「問題なく作業はできるが、室内の印象が薄暗く何となく快適ではない」という理由が大きかったようだ。

「明るい」と「暗い」

 「薄暗く何となく快適ではない」という言葉が意味するところを考えてみよう。「明るい」、「暗い」という言葉は、空間を照らす光の量、つまり目に見える明るさを指す。ほかにも、心理状態を表現するときにも使う。

 心理状態が「明るい」とか「暗い」という表現はもちろん比喩的なものだ。しかし私たちは比喩的な表現であることをほとんど意識せずに、直感的にこれらの言葉が意味するものを理解できる。これは、環境の明るさと人の心理に共通する普遍的な関係があるからだ。

 環境の明るさと心理状態の関係については、過去に多くの研究者が実験で検証している。実験の条件や結果を見ると、色々細かい相違はあるものの、「明るいところでは人は活動的になり、気持ちも明るくなる」ということはどの実験結果にも共通する傾向であり、先に挙げた比喩的表現を人間が直感的に理解できることの裏付けとなっている。

 照明が発達していなかった頃、人間は朝日が昇ると起きて活動し、夕日が沈むと休息していた。心も体も明るさに応じて状態が変化するのは自然で合理的なことと考えられる。オフィスは日中活動的に働く場だ。そのオフィスの照明が、気持ちが暗くなってしまうような薄暗いものだとしたら、あまり良いものではないと考えるのも無理はない。

 「これでは、いくら節電のためとは言っても、タスク&アンビエント方式は使えない」と思われた方もいるかもしれない。ご安心いただきたい。節電しつつも必要十分に明るく快適に感じさせる方法は確実に存在する。

明るさを示す単位

 その方法を説明する前に、明るさを測る方法について説明しよう。最も一般的な尺度としては「照度」が挙げられる。これは「ルクス(lx)」という単位で表現する。「ある面がどのくらい明るく照らされているか(光を受けているか)」を表すものだ。オフィスなどの空間の明るさを決める際には基準として照度を利用する。

 明るさを表す尺度にはほかに「輝度」がある。こちらは「ある面がどのくらい明るく輝いているか(光を発しているか)」を表すものだ。私たちに「ものが見える」ということは、その「もの」が何らかの光を発し、その光を私たちの目が感じているということであり、私たちの目に見えるものはすべて、ある程度の光を発している。

図2 机上面の輝度は、机上面を照らしている照明の反射光の強さで決まる。出典:イトーキ

 ただし「光を発する」と言っても、太陽やテレビのように自分で光を発するものと、月やプロジェクタースクリーンのように、他から来た光を反射しているものの2種類がある。どちらの場合でも、「ある面が発し、測定点に届く光の量」を表すのが輝度であり、「cd/m2(カンデラパーヘイホウメートル)」という単位を使う。

輝度の分布

 「『もの』が何らかの光を発し、その光を私たちの目が感じている」ということを考えると、私たちの目に届いている光の量、言い換えると私たちがどのくらい明るく感じるかを知るには輝度を測る必要があるということだ。さらに、部屋の明るさをどう感じるかということは、机上面だけでなく視野に入る面全体の明るさによって決まる。部屋の明るさを定量的に知るには、壁や天井など目に見えるいろいろな面の輝度を測る必要があるのだ。

図3 人間が感じる「明るさ」は、人間の視野に入るあらゆる面の輝度によって変わる。出典:イトーキ

 ちなみにオフィスの照度基準は、オフィスが「書類を読む、伝票を書く」といった細かい作業をする場所であるという前提で決まっているので、かなり高い(つまり明るい)ものになっている。さらに、照明を設置するときは灯具の経年劣化で明るさが落ちても基準を下回らないように余裕を持って設計することが多い。つまり、オフィスの照明は基準よりも明るくなっており、その状態がかなり長く続く。

 室内全体がほぼ均一に十分明るければ天井や壁の輝度が足りない状態にはならないが、タスク&アンビエント方式で全体の明るさを抑えるなら、輝度の分布に注意を払わなければならない。一昔前のタスク&アンビエントが、机上面では作業に問題のない十分な照度を確保していたにも関わらず「薄暗い」と言われたのは、壁や天井の輝度が低かったためではないかと筆者は推測している。

「薄暗い」と感じさせないタスク&アンビエント照明

 タスク&アンビエントの考え方で照明の配置を決め、必要な場所に十分な光を配し、かつ部屋全体を薄暗いと感じさせないためには、以下の2点に注意するとよい。1つ目は机上面、床面など十分明るくしなければならない場所と、それほど明るくなくても良い場所に空間を区分し、照明の配置を計画する。

 そして人が室内を見る位置で輝度を測り、壁や天井が過度に暗くなっていないか確認し、足りなければ壁面や天井に光が当たるよう灯具を追加する。灯具を追加するといっても、壁や天井を無駄に明るくする必要はない。こうしてきちんと計画を立ててタスク&アンビエント照明を実践すれば、照明器具全体が消費する電力量を、全体を均一に明るくしたときよりも抑えられる。節電効果は場所によるが、イトーキが自社のオフィスにタスク&アンビエント照明を導入した事例では、同じ面積の別のフロアとの比較で、6割以上の電力削減効果があった。オフィスで使う電力のうち、平均すると約4割が照明に使われているというデータがあるので、これだけで約1/4の電力を削減できる計算になる。

プラスα:今までより快適

 タスク&アンビエントで薄暗く感じないようにうまく計画できると、非常に居心地の良い空間を作ることができる。こちらも自社のオフィスでの社員を対象にしたアンケートの結果だが、タスク&アンビエントを導入したフロアでは、明るいと感じる人の割合は減るものの、落ち着く、雰囲気が良い、そのオフィスが好きと感じる人の割合が大幅に増えている。つまり、「薄暗くて不快」と感じないどころか、より快適だと感じる人が多いということだ。

図4 天井照明を中心に使ったオフィスと、タスク&アンビエント方式を取り入れたオフィスの両方で実施したアンケート結果。タスク&アンビエント照明も上手に使えば、天井照明中心のオフィスよりも良い印象を与えられる。出典:イトーキ

 そしてこの環境にしばらく居ると、今までのオフィスが明るすぎたのだな、という気がしてくる。もちろん作業の効率には何の影響もない。このオフィスは自社の社員が普通に働いている場所だが、ワーキングショールームとして公開している。興味のある方は実際にご覧いただきたい。

 次回は室内の明るさに関わる照明以外の要素や、人間が光をどのように感じるかといったことについて解説し、タスク&アンビエント照明の設計に活用する方法を紹介する。

連載第2回:人間の光に対する感じ方も利用して、明るく見せる

連載第3回:照明の「色」と「強さ」を使い分けると仕事がはかどる?

連載第4回:照明環境を使い分けて仕事の能率を上げる

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著者プロフィール

八木 佳子(やぎ よしこ)

イトーキ ソリューシリョン開発統括部 Ecoソリューション企画推進部 Ud&Eco研究開発室 室長。認定人間工学専門家。人と人を取り巻く環境に関する調査研究と、研究に基づくソリューション開発に取り組んでいる。


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