米国の大手IT企業が自然エネルギーの導入プロジェクトを加速させている。大規模なデータセンターを数多く必要とするクラウド・サービスの拡大によって、エネルギー需要が世界的に急増しているためだ。企業がどのような「電源」を選択しているか、という問題もブランド価値に影響を及ぼし始めた。
米グーグルは2013年1月10日、テキサス州の風力発電所に2億ドルを投資すると発表した(→グーグルの公式ブログによる発表文)。これまでにもグーグルは10件にのぼる再生可能エネルギーのプロジェクトに投資しており、すべてを合計すると2ギガワット(200万kW)の発電能力に達するという。
このように自然エネルギーに巨額の投資を始めたのはグーグルだけではない。フェイスブックやアップルを含めて、米国の大手IT企業が続々とエネルギー分野で積極的な取り組みを開始している。
近年のスマートフォンとクラウド・サービスの登場は、我々のライフスタイルだけではなく、世界の電力事情も一変させた。クラウド・サービスを支える全世界のデータセンターの電力需要は、2005年〜2010年に56%も増加している。この間の世界全体の電力需要は横ばいだったにもかかわらずだ。さらに2012年には前年比13%増の電力使用量に拡大している。
全世界のクラウド・サービスを運用するために必要な電力需要を各国の電力使用量と比較すると、2007年の時点で日本に次ぐ5番目になっていた(図1)。スマートフォンがほとんど存在しなかった5年前の時点で、すでにドイツやイギリスの国全体の電力使用量を上回る規模になっていたわけだ。
その後の5年間のインターネット、スマートフォン、SNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)などの普及を考えれば、クラウドによる電力需要が大幅に拡大していることは想像にかたくない。
日本だけを見ても状況は同様である。経済産業省とグリーンIT推進協議会による2008年の試算によれば、日本のIT分野の電力使用量は2025年には2000億kWhを超え、国内の総需要の2割を占めるまでになる見通しだ。
データセンターはクラウド・サービスの要であり、そのデータセンターを運用するにあたって不可欠なものが電力である。これまでデータセンターの電力に関しては、いかに省エネ対策を極めるかということが焦点だった。しかしシリコンバレーでは省エネはもちろんのこと、電力をどの「電源」から確保するかに新たな注目が集まっている。
この話題を牽引しているのが冒頭に紹介したグーグルだ。すでに自然エネルギーに10億ドル以上を投資した。データセンターの周辺にある10万kW超の風力発電所と20年の長期契約を結び、地元の電力会社に対しては自然エネルギーの導入を増やすように働きかけるなど、具体的な取り組みを数多く実施している。現時点で同社の電力使用量の30%以上が自然エネルギーによるもので、さらに比率を拡大する方針だ(→グーグルの再生可能エネルギー取り組み状況)。
一方でネットオークション大手のイーベイが事業拠点を置くユタ州では、地元の電力供給の9割が石炭火力発電によって供給され、州法で自然エネルギーによる電力の購入が禁じられていた。そこでイーベイは自然エネルギーの利用を目指し、グーグルやアドビ、ツイッターなど同業他社と業界団体を通してロビー活動を展開。ついに2012年3月、自然エネルギーによる電力の購入を可能にする新たな州法の可決を実現した(→イーベイの公式ブログによる発表文)。
市民の要請を受けて企業の方針が変わった事例もある。10億人のユーザーを抱えるフェイスブックは2011年12月、国際環境NGOのグリーンピースと共同プレスリリースを配信し、将来に向けて同社の全オペレーションを自然エネルギーでまかなうと発表した。
IT企業は電力需要の急増を引き起こす一方で、省エネや温室効果ガス削減のソリューションも提供できる。その点に着目したグリーンピースは「Cool IT」キャンペーンを展開してきた。その一環として、石炭火力発電に大きく依存する地域に新しいデータセンターを建設すると発表したフェイスブックに対して、大規模な国際キャンペーンを実施。その結果、「石炭火力と友達にならないで」と求めるユーザーが殺到し、当時のフェイスブック史上最高の1日あたり8万件以上のコメント数を記録した。
こうしたユーザーからのリクエストに応えたフェイスブックは、今後データセンターの建設予定地を判断する基準として自然エネルギーの利用を加えることや、地元の電力会社や政府に対して自然エネルギーの供給拡大を働きかけることなどを約束した(→共同プレスリリース)。
グリーンピースはアップルに対しても同様の働きかけを試みた。その結果2012年5月、アップルは2012年末までに米ノースカロライナ州のメイデンにあるデータセンターの電力を100%自然エネルギーにすると発表。オレゴン州にあるデータセンターについても自然エネルギーによる電力を100%利用できるように準備を進めている(→アップルの再生可能エネルギー取り組み状況)。
こうした自然エネルギーを積極的に活用する動きは、今後クラウド・サービスの拡大とエネルギー問題に対する関心の高まりに伴って、世界全体に拡大していくだろう。
米国IT企業の動きの背景にあるのは、ITビジネスの持続可能な成長性に対する危機感だ。急増するデータセンターの電力使用量を安定的に確保できなければ事業の拡大は望めない。一方でIT企業はソリューションを提供することがビジネスであり、起業家たちはクリーンでクリエイティブなブランドイメージを大切にしている。社会が抱えるエネルギーや温室効果ガスの問題に対してユーザーから声が高まれば、いつまでも目をつぶっているわけにはいかない。
日本でも福島第一原子力発電所の事故をきっかけに、電力に対する関心が非常に高まっている。グリーンピースが2012年2月に外部機関に委託して実施したオンライン調査の結果では、企業がどのような電気(電源)を使っているかが気になる、と答えた消費者は65%にのぼった。多くの世論調査が示すように、国民の過半数が原子力発電に頼るべきでないと考えている。それにもかかわらず、こうした多数の国民の欲求に明確に応えている企業は皆無に等しい状況だ。
環境保護の観点から、熱帯雨林を伐採して作られたコピー用紙は使わないこと、有害な化学物質を垂れ流さないこと、などは企業の社会的責任(CSR)として常識になりつつある。これと同様に、今後は人や環境を傷つけるエネルギーを選ばないことが、当然の責任として企業に求められる日が来るだろう。
ますます事業の差別化が難しくなる市場において、より多く顧客の信頼を勝ち取るには、企業の社会的責任にどう向き合うかがますます大きな意味をもってくる。社会的責任と競争優位を重視した経営戦略として、今こそ企業は「電源責任」に対して先手を打つべき時である。
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