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「日の丸検索エンジン」は何を狙っているのか(上)ネットベンチャー3.0【第16回】(2/2 ページ)

» 2006年11月17日 18時00分 公開
[佐々木俊尚,ITmedia]
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GoogleやYahoo!対抗ではない

 では、「情報大航海」はどうなのだろうか。

 その狙いは、実のところ決して悪くないように思う。新聞などの媒体ではさかんに「日の丸検索エンジン」と書かれているが、間違ってはならないのは、経産省はGoogleやYahoo!のようなポータルサイトを作り、消費者に利用してもらうと考えているわけではないということだ。同省企画調査官の八尋俊英氏は私の取材に対して、次のようなビジョンを例として挙げている。

 「たとえば高速道路を走っている自動車の位置情報や、その車のブレーキの性能、前後との車の距離などがすべてリアルタイムのデータベースになると、事故防止システムは劇的に進化する。その際、日本車とドイツ車を比べれば、アウトバーンに特化したドイツ車のブレーキの効き方と、より細やかな日本車のブレーキは異なっていて、自分の国の技術者が自分の国に適合したものを開発する方が、よりフィットしたシステムを開発できる」

 検索エンジンというと、インターネット上のウェブサイトを検索するものをイメージする人がほとんどだ。だが世界にはウェブだけでなく、自動車や電車などの交通情報、病院の電子カルテ、製品につけられている電子ICタグ、さらには人間の個人情報や、人と人のつながり、さらには書籍のすべてのページといった紙のコンテンツまで、ありとあらゆる情報やコンテンツ、数値データ、そして企業や個人、サービス、ソフトウェアなどが雑然と存在し、それらが巨大なサラダボウルを構成している。Web2.0というのは広い定義でとらえれば、このサラダボウルの中からいかに的確に情報を拾い上げることができるか――どれだけ高性能な「UFOキャッチャー」を作ることができるかという概念なのだ。

 「情報大航海」も、その概念に沿っている。今はまだネットのウェブだけを対象にしている検索システムは、今後ありとあらゆる情報を検索・解析するシステムへとバージョンアップしていく。そして日本企業は、ウェブの世界ではグーグルやヤフーに遅れをとっているものの、リアルに存在するさまざまな情報を検索・解析する要素技術の分野では、世界最先端を走っている技術が少なくない。たとえば画像のパターン認識や、リアルタイム処理、センサーなどの分野だ。

各社に点在する最先端技術をまとめられるか

 「しかしそうした技術は、日本企業各社に点在してしまっている。それらをうまくマッチングさせ、さらにそこに若いベンチャー企業のビジネスなどとも出会わせる場を設けることによって、利用者に新しい価値を提供しようという意欲のある企業を支援できるのではないかと思っている」と八尋氏は話すのである。

 情報大航海は、IT企業各社がコンソーシアムを組む体制になっている。となると、問題は50数社もの企業が参加して発足したこのコンソーシアムが、本当に有効に作用するかどうかだ。(1)企業が技術を出し惜しみするか、(2)あるいはビジネス化のプロセスが有効に作用しなければ、過去の失敗を繰り返すことになるのは必至である。

 (1)に関していえば、各企業が持っている要素技術をマッシュアップして新たなテクノロジモデルを作り上げた場合、その知的財産権をどこに付与し、どう管理するのかが問題となる。また(2)に関して言えば、実のところ最大の課題となってくるのは、ベンチャースピリットを持った起業家や技術者を、どのくらいこの情報大航海プロジェクトに巻き込むことができるかどうかということだ。大企業病にすっかり染まってしまった大企業社員に任せておくだけでは、おそらくビジネス化のプロセスは有効に作動しないのではないかと思われる。

 八尋氏は、私の取材にこう話している。「日本はデータベースにおける検索技術の分野ではかつて先行していた。ところがグーグルのようにサービスを無料化し、無料で提供すると言うところに付加価値が加わり、結果的にロングテールモデルで牽引していくことになったという発想がもともと存在せず、このため日本の産業界はグーグルもヤフーも作ることができなかったということがある。だからこのプロジェクトを今後進展させていく中では、大企業中心ではなく、こうしたベンチャー的文化を牽引していける人に資金を提供して、そこで他の企業とのアライアンスを組んでいただいて、さまざまな出口を考えていただくというようなかたちになっていけば」

 このプロジェクトの仕掛け人である八尋氏は、実は生粋の経産省官僚ではない。東大卒業後に日本長期信用銀行(長銀、現新生銀行)に入行し、その後ソニーに移り、出井伸之前CEOのもとで映像配信などのブロードバンドサービスを手がけていたという異色の人材である。経産省には2004年に中途採用で入庁した。八尋氏はいわば生粋のネット業界の人間であって、その業界人としてのDNAが、どのように作用してこのコンソーシアムを動かしていくのか――情報大航海の今後の展開は、実のところその一点に絞られているといっても過言ではない。批判するのは簡単だが、しかし今後の展開をしばらくは見守りたいと思うのだ。

 なにしろ八尋氏の言う「リアルタイムの情報検索・解析」というのは、実のところ最も有望な分野であり、いわばWeb2.0がリアル世界を呑み込んでいくそのプロセスの最先端となっていく可能性が高いのだ。要するにこのリアル世界に存在するすべての情報を収集し、それらを有用なものにするために解析する技術を実現しようとしている。これは将来のデータベース極大化社会の実現に向けた伏線なのである。

 次号は、このリアルタイム検索の可能性について、もう少し追ってみたい。

(毎週金曜日に掲載します)

佐々木俊尚氏のプロフィール

1961年12月5日、兵庫県西脇市生まれ。愛知県立岡崎高校卒、早稲田大政経学部政治学科中退。1988年、毎日新聞社入社。岐阜支局、中部報道部(名古屋)を経て、東京本社社会部。警視庁捜査一課、遊軍などを担当し、殺人や誘拐、海外テロ、オウム真理教事件などの取材に当たる。1999年にアスキーに移籍し、月刊アスキー編集部デスク。2003年からフリージャーナリスト。主にIT分野を取材している。

著書:「徹底追及 個人情報流出事件」(秀和システム)、「ヒルズな人たち」(小学館)、「ライブドア資本論」(日本評論社)、「検索エンジン戦争」(アスペクト)、「ネット業界ハンドブック」(東洋経済新報社)、「グーグルGoogle 既存のビジネスを破壊する」(文春新書)、「検索エンジンがとびっきりの客を連れてきた!」(ソフトバンククリエイティブ)、「ウェブ2.0は夢か現実か?」(宝島社)など。


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