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最終章-2 近づく攻殻機動隊の未来 ネットの発達と人の心人とロボットの秘密(1/2 ページ)

» 2009年06月10日 15時05分 公開
[堀田純司,ITmedia]

人とロボットの秘密

 ロボット工学を「究極の人間学」として問い直し、最前線の研究者にインタビューした書籍「人とロボットの秘密」(堀田純司著、講談社)を、連載形式で全文掲載します。

バックナンバー:

まえがき 自分と同じものをつくりたい業(ごう)

第1章-1 哲学の子と科学の子

第1章-2 「アトムを実現する方法は1つしかない」

第2章-1 マジンガーZが熱い魂を宿すには

第2章-2 ロボットは考えているのか、いないのか

第2章-3 アンドロイドが問う「人間らしさ」 石黒浩教授

第3章-1 子どもはなぜ巨大ロボットが好きなのか ポスト「マジンガーZ」と非記号的知能

第3章-2 「親しみやすい」ロボットとは 記号論理の限界と芸術理論 中田亨博士の試み

第4章-1 「意識は機械で再現できる」 前野教授の「受動意識仮説」

第4章-2 生物がクオリアを獲得した理由 「受動意識仮説」で解く3つの謎

第4章-3 機械で心を作るには 「哲学的ゾンビ」と意識

第5章-1 ガンダムのふくらはぎと「システム生命」

第5章-2 機械が生命に学ぶ時代 吉田教授の「3つの“し”想」

第6章-1 人とロボットの歩行は何が違うのか

第6章-2 ロボットが“ものをかむ”には

第6章-3 人の心を微分方程式で書けないか 高西教授の「情動方程式」モデル

最終章-1 ガンダムも参戦できる「ROBO-ONE」


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ロボット技術が導くものは人の心の変化

 こうした大会を観戦して感じるのは「人型の不思議」である。車や飛行機などのスーパーマシンとはまた違う魅力。人型であるからこその感情移入の深さが、そこにあるのだ。

 考えてみれば、人間とは、原始時代から洞窟の壁に人の姿を描き、古代ギリシャのように人間の姿をもっとも美しいものと感じ、人形のように人間の姿をかたどったものには呪術的な力が宿ると考えてきた生き物だった。人間にとって、もっとも魅力的で心惹かれる存在は人間。だからこそ人間型の二足歩行ロボットが活躍するアニメーションが、娯楽の世界でも主役となってきたのである。

 その人間を機械で再現するためには、人間を知らなければならない。だから人型機械の研究であるロボット工学は、実は究極の人間理解を目指す学問分野である。本書はそうした視点から、医学や脳科学や生理学や、そして哲学でもなく、ロボット工学が提起する人間観を伝えようとしてきた。

 本書を書きながら感じたのは、近い将来訪れるロボットとともに暮らす未来が、「キミの家にもロボットがくるよ。ロボットのお友達ができて便利で楽しいよ」といった、単純な話ではなかったというヴィジョンである。人型の機械は、人型であるがゆえに、人間の身体のイメージまで書き換えてしまうのだ。

 この本の前半では、20世紀半ばよりはじまったコンピューターのプログラムで思考をシミュレートしようとする人工知能の研究にふれ、「そこには心がそれだけで存在することができる機能だという前提があった。しかしそのモデルはうまくいかず、心を実現するためには同時に体が必要であると気がついた。以降、体を持った知能ロボット開発が主流となっていった」と述べた。

 体がなければ心もないのだと、当時の人工知能の研究者たちは気がついたのである。哲学の言葉でいうと、心身二元論から心身平行説へとシフトしていったのだ。

 しかし、そうした人工知能研究の歴史の一方で、目線を人間そのものの歴史のほうに向けると、実は逆の流れが顕在化してきている。

 こちらでは人間の心が、肉体から離れつつあるのだ。第2章で石黒教授が指摘した「肉体の解放」である。石黒教授は「人間は肉体を解放するのが早すぎたかも知れない」と語っていた。

 第2章でもふれたが、かつてはグローバリゼーションが進み、物流や通信手段が充実し、都市以外で生活することがそう不便でなくなると、人は都市に密集して暮らす必要がなくなると考えられてきた。

 しかし現実はそのようには進行せず、現代ではむしろ人間は集中して暮らすようになり、2008年は、史上はじめて70億人に至ろうとする世界人口の過半数が都市部で生活する年になっている。

 経済学者のポール・クルーグマン氏がかつて「海外に移転させたり機械に任せられない仕事は、人間同士の対面接触だ」と指摘していたが、都市への人間の集中は、さまざまな機能を機械に代替させてきた人間に最後に残されるもの。それが、人間同士のコミュニケーションであることを象徴しているように思われる。

 そのコミュニケーションは、ネットワーク技術の発達により、さらにディープに進化しつつある。インターネットという巨大な仮想空間が出現した結果、あたかも「攻殻機動隊(こうかくきどうたい)」で描かれたような世界が、現実のものとなってきた。

GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊

 映画『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』(95年)では、主人公の草薙素子は、肉体のほぼすべてを機械と置き換え、脳ですらも大部分の電脳化が進んでいるサイボーグとして登場する。

 国家機密レベルの技術によって形成される彼女の肉体は、筋力の向上はもちろん、知覚反応速度も生身の人間よりはるかに強化されている。しかしその代償として彼女の体は、水の中に入ると機械と同じように沈んでしまうのだ。

 肉体の機能をそこまで機械で代替してしまっても、人は人の心を保っていられるのだろうか。作品世界では、ゴーストと呼ばれるコミュニケーションの主体は(魂の概念に近い)、もはや機械化された体(義体と名づけられている)から離れて、他の体にダイブすることすらも可能である。そうした彼女が人間らしいアイデンティティを確認するためには、体を深い水に沈めて畏れを抱き、水面に浮上して希望を感じる必要があった。

 脳核と脊髄の一部だけを残して自分の生身の肉体を確認する手段を失い、ときに「もしかすると存在するという実在感は錯覚で、模擬人格を与えられているだけなのかもしれない」と感じる彼女は、人間よりもむしろ、ネットの中に出現した義体を持たない知的生命体に、よりシンパシーを感じることになる(もっともこれらは映画版の話であり、士郎正宗(しろうまさむね)氏の漫画原作はより複雑である。ちなみに単行本2巻『攻殻機動隊2 MANMACHINE INTERFACE』では、ネットと物理空間を自由に行き来する能力を得た草薙素子が描かれる)。

 現実の社会では、まだ義体を実用化するレベルにまで、ロボット技術は到達していない。しかしその一方で、ネットワーク上の仮想世界では、コミュニケーションの主体(つまりゴースト)を仮想世界のキャラクターに宿らせ、そのまま長時間滞在、活発なコミュニケーションを繰り広げる営みがはじまっている。こちらのほうは、創作の世界を越えて現実が進行してきている。

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