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第5章-2 機械が生命に学ぶ時代 吉田教授の「3つの“し”想」人とロボットの秘密(1/2 ページ)

» 2009年06月02日 15時59分 公開
[堀田純司ITmedia]

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システム生命の実践

 世界は、あまりに大きくてとりとめもない。だから自律的に動く機械の研究は、先にふれたドレイファスの批判のように、世界を研究可能な部分に分離し、切り取られた小宇宙でロボットを行動させるところからはじめられた。これは分割し個々の構成要素に還元して研究するという、自然科学で成果を上げた方法の流用だったわけだが、工学にも似たアプローチがある。

 それはバイオミメティックス、生体模倣技術という分野。これは生物のもつある機能を取り出し、それを模倣して人工システムの中で実現していくというアプローチである。

 しかし考えてみると、現実世界に、文脈を無視して分離可能な小宇宙が存在しないのと同じように、自然の生命も個々の機能が独立して一度に実現したわけではない。

 たとえば人間にしても、目や腕や脳などの機能が個々に進化してきて、その総体として人間が存在しているのではない。

 実際はまったく逆で、まず人間というシステム全体を形づくる原理原則があり、その原則にもとづいて世界とさまざまな相互作用を行い、結果として個々の機能が進化してきたのだ。だからより豊かに人と関わる機械を設計するためには、この原理原則に相当するものを人工システムにも持たせる必要がある、と教授は語る。

 これはただ、未来のヴィジョンを提起しているのではない。教授は実際にそうした設計論にもとづき、おもしろく、また優れた成果をあげているのである。

 教授はシステム生命の設計論をロボットに導入。そして2001年にチーム「EIGEN」を率いて「ロボカップ」に参戦し、初参加のシアトル大会でいきなり3位。そしてその翌年2002年には優勝、2004年、2005年には2連覇という強豪ぶりを発揮している。

 ロボット個々の“身体能力”でいうと、キック力は全般にヨーロッパのチームが強い。スピードはドイツのシュツットガルト大学が抜群に早い。

 しかし教授たちのチームのロボットは、キック力やスピードなどを重視してつくられてはいない。「相手のゴールにボールを入れれば勝ち」というサッカーの主題をつきつめ、その目的に向かって個々のロボットが、自分たちの行動を評価しながらプレイできるようにつくられているのだ。ただ決められた動作を文字どおり?機械的?に行うのではなく、?機械が、自分がなにをするべき存在なのか知っている?。

 それゆえにチームのモチベーションが高く、個々が戦況を判断して自由に役割を変えながら攻撃していくフレキシビリティを持つというのだ。

 欧米のチームは情報工学の技術を駆使して参加してくる。これは「if 〜, then 〜」の、シナリオベースのアプローチです。徹底的にいろんな事態を想定したシナリオを考え抜き、緻密なプログラミングを行ってやってくる。欧米のチームの場合は、あくまでも監督は人間で「こんなふうに動かしたらおもしろいぞ」というようにロボットに指令して、動かしているように感じられます。だからゲームでもフォーメーションや、あるいはボールを持ったときの固有な技をきちんと設定してやってくる。ふり向きシュートとかね。

 欧米は“個人技”に優れるわけである。

 うちのロボットは、そうした個々の動作の設定では弱いんですよ。我々の特徴は自己の目的達成欲求と自己評価にもとづく協調知的制御。これはシナリオベース的なアプローチではないんです。だから多くのルールを用意する必要がない。機構の異なるロボット群でも適用可能。ロボット同士の通信量が過度に多くない。人間との協調がありえる。そういうようなアルゴリズムです。

 本当にどちらのアプローチが強いのかはまだわかりませんが、かなり違うことは確かですね。

 教授たちの協調知的制御では、得点主義で判断するのだそうだ。たとえば「ボールのそばにいるヤツは今2点、少し遠いヤツは1点。今チーム全体では3点だから、いい線いっている。だから俺はサポートやディフェンスに回ろう」。全体の状況と、その状況に対して自分がいかに貢献しているか。このような判断ができるようにつくられている。その結果、教授のチームのロボットは“柔軟な波状攻撃”を敵にしかけることができるのだ。

 そして個々が全体を見渡しながらゲームメイクできる能力を持つため、チームワークに優れ、ボールへのアプローチが早い。またキーパーの予測と指令も的確であるという。

 一方、ライバルのドイツチームは情報工学をつきつめ「if 〜, then 〜」のシナリオを徹底。緻密なシナリオをプログラミングしてつくりあげ、参戦してくる。いわば優秀な監督の作戦を、選手たちがコマとして実行してくるチームである。漫画などでは、どちらかというと敵として出てくることが多い気がするチームカラーだが、こちらはこちらで強豪であり、2007年のアトランタ大会ではライバルのチーム「EIGEN」を破り優勝に輝いている。

 選手たちの自主性に任せ高いモチベーションを誇るチームと、監督の描いた作戦を、選手たちが文字どおり“ロボットとして”実行してくるチーム。まるで本当の人間のチームのようなカラーの違いが存在し、しかも互角の争いを繰り広げているとは、なんだか気分はもう未来のような話である。

 筆者はそのサッカーロボットが、実際に人間の持つボールを奪いにくる様子を見せてもらった。その様子はさすがに最新の技術の結晶である。360度どの方向にも移動できる機構をもち、高速で機動する。高性能なセンサーでボールを追いかけ、しかも人間の肉体を圧迫することはない。まるで犬が人にじゃれついているようで、この様子ならば実際に街でパートナーロボットが動きはじめるのも意外と近いと痛感した。言っているうちにそんな時代になるだろう。

 人間から見ると、リアルワールドの情報はすべて意識できるわけではない。だからリアルワールドには、意識できる世界と意識できない世界のふたつがあることになります。だから意識できる世界だけを見ていると技術はバランスを失ってしまうんです。人間が意識する情報だけ機械に与えているとしたら、人間が考えていない事態が起こったときに対応できませんから。

 と、教授は自身の設計論を語った。しかしこれは、エンジニアリングの立場からすると矛盾した話になるのだ。技術者は正確な情報のみ扱うように教育されてきているものである。しかも優秀な人ほど不正確なもの、再現性のないものはつくらないことが第二の本能として叩き込まれている。「しかしそれだと、あまりユニークな解は出てこない」と教授は指摘する。

 生物の場合は、神様の配慮と進化の過程で、多種多様の解答を出してきた。このプロセスを人間が完全に模倣することはできないでしょう。それにそうした発想は、技術というよりもアートの世界に近づくことになります。

 しかしやはり技術がユニークな解を生み出すヒントは、生命にある。生命に学ぶことにあるんだと思います。生命は、その45億年の進化と適応の情報を持っている。生命の持つアルゴリズムを技術が構築していけば、人間にとってもっと安全で、もっと協調できるシステムをつくることができると考えています。

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