“質”で勝負がアップル流――「iBookstore」日本版が読書体験に変革をもたらす日本文化に根ざした選書も(1/3 ページ)

» 2013年03月06日 20時55分 公開
[林信行,ITmedia]
iBooksの圧倒的魅力はその洗練されたデザインにある。250億曲ダウンロードを達成したiTunes Storeと、400億ダウンロードを達成してきたApp Storeのノウハウを生かして作られた電子ブックストアだ。iTunesのアカウント利用者はすでに世界に5億人いる

 1980年代に一世を風靡(ふうび)したウォークマンの登場から時間が経つにつれ、音楽を楽しむ、という文化が衰退していた時期があった。人々に再び音楽とともに過ごす時間の喜びを思い出させ、世界的大ヒットになったのが2001年に登場した「iPod」だった。

 このiPodがやがて電話の再発明である「iPhone」を生み出し、「iPad」をも生み出すことになる。この2つのデバイスで人々の生活スタイルを一変させたアップルが、今度は「読書」習慣の再興を目指す。ついに日本でもスタートした「iBookstore」のことだ。このサービスの魅力はどこにあるのか、本質に迫っていこう。

よい体験がよい文化を生み出す

 この本屋に泊まれたら、一体どんなに楽しいだろう――そうワクワクする本屋がある。その一方で、話題の本を買うときにだけ立ち寄る「用を済ますだけ」の本屋もある。

 同じ本であれば、どちらの本屋で買っても中身はまったく変わらないはずなのに、購入した場所の違いで、本と向きあう姿勢や期待に差を感じる人がいる。筆者もそんな人間の1人だ。

 アップルが新たに始めたiBookstoreは、そんな違いを感じとれる人がニヤリと笑みを浮かべて利用できる初めての電子ブックストアかもしれない。

 電子ブックの書店は、紙の本の書店を軽く上回る蔵書数になることが多い。「大量の本の中で出会いを生み出すには、優れた検索機能が必須だ」というのが、よくある“IT屋”の発想だ。確かにビジネス書など「知識」が目的の本ではそういうことも多いだろう。

 だが、何が欲しいと決まったものがなく、ただ楽しさを求めて本屋を訪れる人も少なくない。そして、iBookstoreはまさにそうした人々を喜ばすために作られたブックストアではないかと思っている。

 どうやって来店者を喜ばすかは書店によって違う。こだわりの店員のメモ書きでお勧めの1冊が分かる書店もあれば、この本をそういう切り口で紹介するのか、という企画力のうまさで勝負する本屋もある。フランス文学だったりアート本だったりと、そもそものセレクションの絞り込みで人を魅了する本屋もあれば、店のたたずまいが素晴らしく、そこにいるだけで本と一緒に上質な時間を過ごせる書店もあるだろう。

 iBookstoreは「映画化された本」や「ティーン向けフィクション」など、キュレーションの部分でも奮闘しているが、他社が提供するサービスよりも圧倒的に優れた特徴を挙げるなら、やはり「たたずまいの素晴らしい書店」を演出していることではないかと筆者は思う。

 「商品を並べて決済機能をつければどのショップも同じじゃないか」という人もいるかもしれない。だが、全メーカーの端末をあわせた出荷量ではAndroid端末がiPhoneを大きく上回るのに、iPhoneのApp StoreとGoogle Playでは有料アプリの売り上げに大きな差があることも事実だ。「どのショップも同じ」と主張する人は、シェアが小さいiOSのほうが、いまだに有料アプリの売上高ではAndroidの3〜4倍以上もあることをどう説明するのか、逆に聞いてみたい気がする。

 よい購入体験を提供するということは、商品に対してきちんと対価を支払う優良な顧客を育て、その売り上げによって新しい文化を生み出すクリエイターを育てていくという循環を築くうえで、無視できない極めて重要なポイントのはずだ。

デジタルであることを忘れさせる肌触り

大きなスクリーンでじっくり読むならRetinaディスプレイ対応のiPad。漫画などの小さな書き込みや文字も読みやすい。電車などの移動中に軽快に読むならiPad mini。そして混んでる電車でも読み進めるならiPhoneやiPod touchが最適

 さて、iBooksがすごいのは本を購入するときだけではない。iBooksのアプリケーションで本を読む行為自体も、さすがアップルだと思わせる。例えば、書体や画面だけのバーチャルであることを意識させない自然なページめくり。画面から余計な情報を取り除き、読書体験に没入できるフルスクリーンモードがある一方で、iPhoneユーザーを想定し、電車の中で片手で読書をする際に便利なスクロールモードなど、「本を読み進める」という行為を心地よくするための工夫。そして、ハードウェアのスペックシートからは見えてくることのない、圧倒的に滑らかな操作感――そうした「質」の部分をアップルが徹底的にこだわり抜いているからこそ、それが紙かデジタルかを意識することなく、読み手はコンテンツを楽しむことができる。

 文を読みながら、端末を持つ手の親指でページの端を少しだけめくったり、戻したりと、こうした読書そのものには関係のない手遊びの部分まで含めて、体験の心地よさという点では、(個人差もあるだろうが)iBooksはほかを凌駕(りょうが)していると思う。

スタイルやシチュエーションにあわせて読むデバイスを変えられるのもiBookstoreの魅力。混んでいる電車で読書をするなら、ページめくり操作が不要で片手でスクロールできる「スクロール」表示モードがおすすめ

 故スティーブ・ジョブズ氏は、アップルを「テクノロジーとリベラルアーツの交差点に立つ会社」とよく紹介したが、そういう意味では、iBookstoreも「読書」という人類が育んできた文化を、これからのデジタルの時代に引き継ぎ、発展させることを目指しているのだということが、ディテールの触感からも伝わってくる。

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