――胡瓜さんの漫画を読んでいると、読者をかなり信用しているような印象を受けます。
胡瓜 あー、それは(読者層が見えている)「バイナリ畑〜」だからかもしれないですね。あれに関してはあまり分かりやすさとかは意識してなくて。今度雑誌で始まる新連載の方は、もっと分かりやすくなるとは思います。でも、確かに見る側にいろいろ感じてもらえるようなものにしたいなという気持ちはありますね。
山本 それはなぜなんですか?
胡瓜 (読者からの)感想を見てみたいんですよね。こういう捉え方もあるのか、という感想を。
――漫画というのは読者にアウトプットが目に見える形で届いて、感想を目にすることもできます。一方で、山本さんのコンピュータ将棋開発というのは、その点はどうでしょう?
山本 そうですね……先日、将棋のタイトル戦の新聞観戦記を書くために、仙台に行ったんですけど。そのときに関係者控室でPonanzaを動かして、その時点での戦いの形勢を見たり、予想手を挙げたりしていたんですよ。その場ではプロ棋士の先生方がPonanzaの検討を見て「そんな手があるのか!」と感心したり、「その手はちょっと……」と疑問を口にしてくれたりもしました(笑)。そういった「指し手への感想」はもらえますね。
でも、外からの感想や反応というのは置いておいて、そもそもプログラミングそのものが楽しいんですよ。私と一緒にPonanzaを開発している人(プログラマーの下山晃 @ak11さん)は将棋にはあまり詳しくなくて、自分で指すこともそれほどしないみたいですが、それでも一緒に開発を続けられているのは、プログラミング自体が楽しいからだと思います。
胡瓜 どの辺りに面白さを感じるんですか?
山本 プログラムの課題が見つかって、それを解決すること、でしょうか。だって世の中にはなかなか「ちょうどいい課題」って見当たりませんからね。
――胡瓜さんの描かれた「人類は投了しました」の冒頭にもあるように、現在のような将棋専用のAIから汎用的なAI、例えば「AIの遺電子」に出てくるようなヒューマノイドに使えるAIに至るまでには、果てしない隔たりがあります。この後の道のりというのはどうなっていくのでしょうか?
山本 汎用的なAIをどう作るかということに関してよく言われているのは、2種類のアプローチがあるだろうということです。
1つ目は「複数の専門的なAIを作ってから、後でくっつける」やり方。将棋でも画像認識でも何でもいいんですけど、個別に作って、将来的に統合して使う、という。
胡瓜 モジュールをがっちゃんこして。
山本 もう1つは「何かものすごい、究極的な理論が出てきて、それ1つで一気に全部解決しちゃう」という。大統一理論的な。どちらになるのかは分からないですけど、後者はちょっと今のところ無理そうなんで、みんな個々の問題を解決している段階なんですよ。
一口に個々の問題と言っても、自動車の運転なんかはもう少しレイヤーが上で。画像の認識だけでもできないし、GPSやセンサーの知識だけでも作れないし、細かいものを幾つか組み合わせて。
胡瓜 自動運転はもう試験運用が始まっていますよね。
山本 技術的にはもう、十分実用レベルですし、下手したら私より運転はうまいかもしれない(笑)。でも、社会が認めるかどうかは別問題ですよね。
胡瓜 先ほど話した「ヒューマノイドの人権の話」とも似たテーマですけど(前編参照)、受け入れられるまでに相当な時間が掛かるでしょうね。
――情報処理学会は「コンピュータ将棋は人間を超えた」と言い切りましたが、山本さんの中で「ここまでは続ける」というラインのようなものはあるのでしょうか。また、その先に踏み出したい領域などは。
山本 それは悩みどころなんですけどね。今のところ、大会がある限りはやるんじゃないかと思ってますけど……相手として羽生さんが出てきてくれるときは止めどきですけどね……。
胡瓜 Ponanzaの開発を始めてどれくらいですか?
山本 今年で8年目です。この次の展開というのももちろん考えていて、芽はいくつか仕込んでいるんですけど……いろんな分野の人に会ったりしてるのですが、現実はどこも大変だよねっていう。
胡瓜 芽というのは?
山本 Perfumeの演出などを手掛けている真鍋大度さんとイベントさせてもらったりした縁で、映像系をやってみようかなと思ったり、ドワンゴのディープラーニング系の人に会って話をしたり……でも、ディープラーニングはあれだけじゃダメというか、あれで何をするかが大事なので。
胡瓜 気象予測とか、地震予知なんかもありえそうですよね。
山本 そうそう。あとは自動翻訳も勧められたな。将棋の次として、王道では囲碁というのもありますし(※2)。囲碁は将棋と比べるとグローバルに展開していて、棋士のレベルが一番高いのは中国でしょうけど、一番強いプログラムはフランスの人が作ったやつです。その開発者の人とも話してきました。
これはある人に言われたことですけど、「一番じゃなくても頑張れることをやるのがいいんじゃない?」っていう。
胡瓜 将棋プログラムでは今、一番上にいるわけですよね。
山本 そうですね。でも、作り始めたころは順位なんて全然気にせずにやってたな、と思って。それもそうだな、って。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.