海外引越でiPhoneを契約して「モバイル」のもう1つの本質を知る:モバイルネイティブで行こう
東京を離れたことがなかった、ジャーナリストの松村太郎さん。そんな松村さんが米国カリフォルニア州のバークレイに旅立った。松村さんが目指す「モバイルネイティブ」な働き方をどうやって実践するのか、新連載の始まりです。
新連載「モバイルネイティブで行く」について
東京、渋谷に生まれ、現在は米国カリフォルニアのバークレイで生活をしているジャーナル・コラムニストの松村太郎さん。松村さんの目指すワークスタイルは、場所や環境を選ばない働き方と自分自身で定義する「モバイルネイティブ」です。31年間住んできた東京を離れて、米国の西海岸へと旅だった松村さんが「モバイルネイティブ」をキーワードに自身のワークスタイルを再発見する連載です。お楽しみに。
筆者は2011年11月に、31年間過ごしてきた東京を離れて、米国カリフォルニア州バークレーに引っ越した。サンフランシスコから湾を挟んで北東の方角に位置するこの都市は、カリフォルニア大学バークレー校を中心とした勉学とカルチャーの街でもある。夕焼けが美しい西向きの海と、背後にある小高い丘は、東京に比べるととても落ち着いていて、これまでの忙しない東京とは正反対の場所のように思えた。
しかし、カルチャーやグルメの街という側面もあり、空港からのタクシーの運転手にバークレーに住む、と伝えると「じゃあ、しばらく料理するのはやめた方がいいね」と言われた。確かに、バークレーを南北に貫くシャタック・アベニューには数々の有名なレストランがあり、日本人にとって最も有名なのはオーガニック料理の祖ともいわれる「シェパニーズ」ではないかと思う。
街の話をすると尽きないのでこの辺にしておくが、生まれてずっと東京しかホームタウンを経験したことがなかった筆者にとって、住む街が変わる、というのは初めて経験する変化だった。知らない街への引越は、割と高いストレス水準になるという資料を読んだこともあり、少し警戒しながら新生活を始めることになった。
景色がそこまで変わらなくなっている
現在、特に米国の西海岸に引っ越すということは、そこまで大きなストレスを伴うわけではないことを実感することになった。むしろ、引越を決めるまでの方がよっぽどストレスを感じていたんじゃないか、と思うくらいだ。
例えば、これが20年前だとしたら、上に書いたような印象を受けなかったのではないだろうか。米国で売られているであろう歯磨き粉や衣類の洗剤のブランドも知らなければ、スーパーで売られているものやファストフードのブランドに至るまで、街の中で出会うブランドはとても違うものであり、スーパーの中で右往左往する姿が目に浮かぶ。
しかし予習というわけではないが、米国のホールセールのコストコに1度でも行けば、Tideが洗剤であることを知っているし(しかも一時期ちょっと流行った)、スターバックスで好みの味の低脂肪ミルクのラテだってオーダーできる。さらに言えば、これは西海岸特有かもしれないし今に始まったことではないが、走っているクルマは日本車とドイツ車だらけで、走る車線と時折通るデカいアメリカ車にさえ目をつむれば、ほとんど車道の景色も変わらない。
もちろん細かい違いはたくさんあるし、人と関わったりすると言葉や文化の違いによる苦労もあるかもしれない。しかし、一人でぽつんと街の中に立ったり、何か自分でしようと思ったときに「右も左も分からない」という状況ではないだけでも、非常に落ち着けるのである。
iPhoneの人気で、確保にも一苦労
さて、こちらに到着してすぐにiPhone 4Sの契約をすることになった。日本でもiPhone 4を使っていたが、日本にいた時はiPhone 4Sを買わずに待つことにしていたのだ。ちなみに日本のソフトバンクで契約していたiPhoneだが、そのまま契約しておくと月額使用料としてパケット定額料金分の支払いがどうしても必要になる。解約するかどうか迷っていたが、1997年以来使ってきた電話番号にも名残惜しかったため、NTTドコモのAndroidスマートフォンを契約して、一番安い料金で使うことにした。これなら時差はともかくとして、電話がかかってきてもちゃんと受けられるはずだ。
さてiPhoneについてだが、Verizon Wirelessで契約しようと考えていた。これには2つの友人の話に起因していた。サンフランシスコ周辺はiPhoneのユーザー数も多く、AT&Tでは通話やデータ通信の品質があまり期待できないという話を聞いていたからだ。もう1点は、米国内向けにはSIMロックがかけられているVerizon iPhoneについて、海外向けにはSIMロックを解除してくれるという話を聞いていたからだ。
そこでVerizonのショップに行ってみたのだが、基本的に在庫はなく、ショップによっては4週間くらいかかるかも、といわれる始末。日本ではそこまで品薄感がなかったように感じたが、iPhone 4Sの発売から1カ月たった2011年11月下旬でも米国では、なかなか手に入りにくい状況が続いていた。
そこでApple Storeのパーソナルピックアップのサービスを使うことにした。パーソナルピックアップサービス自体は、Apple Storeのオンラインで購入して、店舗で受け取ることができるサービスだが、受け取る際にセットアップをお願いしたり、ギフトラッピングをしてくれるサービスだ。iPhoneについては、翌日そのショップに入るiPhoneを「取り置き」してもらえるのだ。
翌日に入荷する予定の端末しか取り置くことができないが、運良く白のiPhone 4Sを確保する事ができ、Verizonに書類をファックスしたり紆余曲折合ったが、しっかりiPhoneを契約できた。ちなみにiPhone 4Sの入手に手間取ったのでAppleのシェアにも影響するかと考えていたが、ふたを開けてみれば、Appleは2011年10月〜12月の米国内でのシェアを10.8%から12.4%まで伸ばした。スマートフォン全体のプラットホームでも、2011年12月には29.6%まで伸ばしていた(いずれもComScore調べ)のではあるが。
iPhoneをセットアップした瞬間、日本と同じモバイル環境が蘇る
さてiPhoneを契約中にApple StoreのWi-Fiを使ってiCloudのアカウントから設定やアプリを呼び戻す作業を済ませて、店を出るときにはすっかり自分の設定が復活していたiPhone 4S。外見は黒から白へ、中身のチップはA4からA5チップへと進化していたが、メールアカウントからアプリに至るまで、旧機種でしていたあらゆる設定が新機種でもきちんと戻っていた。普段はフォトストリームくらいしかないiCloudの価値は、iPhoneを買い換えるときに真価を発揮すると改めて感じた。
店を一歩出て、マップを開く。標準のGoogleマップでの道案内も、日本のそれより幾分上手く動いてくれる気がする。程なくするとプッシュされてくるTwitterの返信やFacebookのコメントが届き、Google+のハングアウトのお誘いが入ってくる。
この一通りにプッシュ通知を眺めていて、ただスマートフォンを自分の環境に復元しただけなのだが、「モバイル」について深く考えさせられた。
普段からスマートフォンを使っていると、モバイルという言葉は、外出先で、いつでもどこでも通話やデータ通信を使っていろいろなことができる、という定義でほぼ全てを言い当てているように思っていた。しかし米国にやってきて自分のスマートフォンを持ち、環境を日本国内にいたときと同じように復元した時、復元されたのはスマートフォンの環境とともに付随してくる自分のコミュニケーションや、それを含むアイデンティティのようなものではないか。
例えば筆者の場合、iPhoneの中にはTwitterやFacebookの他に、EvernoteやOmniFocusといった仕事でも活用しているアプリを入れており、これらがクラウドと連携して、常に自分の仕事のメモやタスクリストにアクセス出来る状態になっている。逆にiPhoneがなければ、メモやタスクをきっちりと管理するのに骨が折れることになるだろう。iPhoneがiCloudと同期され、これらのアプリがすぐに使える状態になれば、仕事の環境が一瞬で整うことを意味している。
もしも日本と米国に共通のスマートフォンがなかったらどうだろう。2008年以前は筆者も日本のケータイを使っていたが、当時米国では日本と全く同じケータイは売られておらず、また日本のケータイメールやケータイサイトなども存在しないに等しい状態だった。ケータイを新たに契約する際に、日本でやっていた便利な使い方をどうやって復元、あるいは別の方法で実現しよう、と頭を悩ますことになっていただろう。
仕事だけに限らない。例えばFacebookだけでなく(後に触れるが)LINEやWhat's app、カカオトークといったメッセージ系アプリもそのまま利用できるし、iPhoneの場合iCloudを通じて端末に保存してある写真などもきちんと引き継がれる。コミュニケーションや記憶といった、仕事以外にモバイルが果たしてくれている役割も、きちんと引き継いでくれているのだ。
「モバイル」のもう1つの本質に気付く
異国の地で同じiPhoneを契約しただけで、色々感じていたストレスや不安のようなものが、ぱっと晴れた感覚に陥った。もちろん見方によってはiPhoneに生活や仕事の大きな部分を依存しているという考え方もできるかもしれない。しかし決してネガティブにとらえることもないのではないか、と思う。筆者自身、1996年からPHS、ケータイと使い続けていて、生活とモバイルが統合している点に、何も不思議はないからだ。
これまで、モバイルが生活や仕事を便利したり、都市の中での行動を規定したりしてきたが、どちらかというとコミュニケーションデバイスと言う側面が強く、友人とどのように待ち合わせるか、電車の中でどのように過ごすか、という点に興味を持って観察したり、体験をしてきた。しかしここに来て、新たなモバイルの側面に気付かされた、と考えている。
モバイル、あるいはモバイルデバイスによって、個人は何らかのスキルや環境を持ち運んでいて、その象徴として、今回の僕の場合はiPhoneがあったということに気付いた。この気づきが、モバイルに存在している2つ目の本質ではないか、と考えるようになった理由だ。
ある意味で、依存症という側面もあるのかもしれないが、既に生活の一部となっていて、スマートフォンによって持ち運んでいる要素が大きいことにも気付かされる。普段のコミュニケーションをそのまま使い続けることができるようになり、さらに引っ越したことへのストレスは減った。
皆さんはスマートフォン、あるいはモバイルに、どんな役割を感じているだろうか。
筆者プロフィール:松村太郎(まつむら・たろう)
東京、渋谷に生まれ、現在は米国カリフォルニアのバークレイで生活をしているジャーナル・コラムニスト、クリエイティブ・プランナー、DJ(クラブ、MC)。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)。1997年ごろより、コンピュータがある生活、ネットワーク、メディアなどを含む情報技術に興味を持つ。これらを研究するため、慶應義塾大学環境情報学部卒業、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。大学・大学院時代から通じて、小檜山賢二研究室にて、ライフスタイルとパーソナルメディア(Web/モバイル)の関係性について追求している。
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