成功例ばかり目立つが、じつは失敗も数多くある。「かれこれ、これまで20億円ぐらいの特別損失を出している」と山本さんは明かす。
例えば、備長扇屋が軌道に乗ったころ、回転ずしチェーンを始めた。皿からはみ出るほどのネタの大きさを売りにしたが、原価率が高すぎて客が増えれば増えるほど赤字が膨らんだ。原価率を下げようとマグロのランクを下げたりすると、途端に客足が遠のいた。初めて原価率を高く設定したのが間違いだった。どうすることもできず、短期間のうちに4店舗全てを閉めた。
1億5000万円かけた囲炉裏(いろり)焼きの店も、開業して1年で撤退した。煙を自動的に吸い上げる最新の囲炉裏を特許まで取って開発したが、店の居心地が良すぎて客の回転率が悪かった。その反省から、のちに展開した「日本橋 紅とん」は、敢(あ)えて客同士や客と店員が互いに触れるぎゅうぎゅう詰めの大きさにしたら、回転率が上がり大成功した。
節目節目に「ひらめき」で新境地を開いてきた山本さんだが、そのひらめきを生む陰には、地道な努力があった。その一つが、テレビのグルメ番組の視聴だ。グルメ番組は全て予約し、仕事のない日は朝から晩まで番組を見て、いま何がトレンドなのか研究を怠らない。
そんな山本さんから、意外な話を聞かされた。「いま、ストレス・フリーというテーマで本を書いていて、間もなく、大手出版社から出版します」。
やるべき仕事を自分で決め、時間があれば仲間と趣味のゴルフを堪能し、自然豊かな熱海で暮らすという、おそらくストレスとは無縁の山本さんの生活を羨(うらや)ましがる知人は多いという。実際、山本さんは「ストレスはほとんどない」と話す。しかし、「今の生活があるのも、ストレスだらけの地獄のような20代を過ごしたからこそ。あの時には戻りたくないとの思いから、頑張り続け、今がある」と強調する。そうした経験を、一人でも多くのストレスいっぱいの現代人に伝えたいと思い、執筆を思い立った。
「人生に目標はない。目標を作るとストレスになる。悪い言い方をすれば、その日暮らし。それがストレス・フリーに生きるコツ」。波乱万丈の人生を送ってきた飲食業界のカリスマ、山本さんのアドバイスだ。
猪瀬聖(いのせ ひじり)
慶應義塾大学卒。米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。日経では、食の安全、暮らし、働き方、ライフスタイル、米国の社会問題を中心に幅広く取材。現在は、主に食の安全やライフスタイル、米国の社会問題などを取材し、雑誌などに連載。また、日本人の働き方の再構築をテーマに若手経営者への取材を続け、日経新聞電子版などに連載している。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)。日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパート。
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